感情を揺さぶる絵本
絵本には、子どもに働きかける様々な力が備わっています。絵本がきっかけで、新しいことにチャレンジする気持ちを持てたり、苦手なことに取り組もうと思えたりもします。子どもたちの世界を楽しく広げてくれる絵本は、子育て中のパパママにとっても、大きな味方になってくれること間違いなしです!
この連載では、とくに「これからの時代に必要とされる力」にフォーカスして、それぞれの力について「絵本でこんなふうにアプローチしてみては?」というご提案をしていきたいと思います。
絵本で心に刺激を
無事、夏休みも終わりましてパパママの皆さま、お疲れさまでした! 夏休みの間に親子で様々な経験をされたかと思います。そうした経験は子どもたちにとっては宝物になりますよね。大きなことでなくても、「オニヤンマを初めてつかんだ」ですとか、「夕立の時、稲光に驚いた」など、そうした感情を震わす経験が子どもたちの土台になるのだと思います。
そして、「本を読む」ということも一つの経験です。もちろん、何か知識の詰まった本を読んで学びを得ることも一つですが、一見テーマのない絵本にこそ、自己探究の糸口があったりします。気持ちが動いたとき生まれる、「どうして自分はこんな気持ちになるのだろう?」という問いから、「私ってこんな風に考えるんだ」「こんな感情を持っているんだ」と気づくことにつながるのです。
ということで、今回は、「子どもの感情を揺さぶる絵本」というテーマで絵本をご紹介します。子どもたちにとって、絵本を読んで感情を揺さぶられることが、いったいどんなことなのか、ご一緒に考えていきましょう。
ふしぎ: なんだかわからないけれど、おもしろい!
まずは、読んで「なんだかふしぎ~!」な、いつもと違う感覚をもたらしてくれる絵本です。
いつもの通学路が冒険の旅に
家を飛び出し、あわてて走る男の子。今日は絶対に学校に遅れちゃいけないのだ。でもゆくてには、水たまりじゃぶじゃぶ、歩道橋ぐねぐね、大きな犬たちがわんわん、踏み切りは閉まったまま。なんて、じゃまするものばっかり。さてこの男の子、学校に間に合うの? そして最後に待っているのは……。にぎやかハッピーな世界を突っ走るスピード感あふれる絵本。
この絵本は、タイトルそのもので、“学校に間に合わない!”と焦って学校に向かう男の子の出発から到着までを描いた絵本です。「ぜったいに8時までに学校につかないといけない」男の子の焦りと刻々と過ぎていく時間が心象風景となって不思議な絵が展開していきます。いつもは何の変哲もない水たまりや歩道橋が、とんでもない姿に見えてくるのです。
焦っているときほど、本当に道のりが遠く思えますよね。その焦りと迫る時間というものが絵の中で絶妙に合体しており、男の子のこの日の通学路だけ異次元にあるような、なんとも不思議な気持ちを読者も体感できます。
私は、「心象風景」というものは子どもにも分かるものかしら?とこれまで掴みかねておりましたが、5歳の子がこの絵本を興味深げに読み、「おかあさん! おもしろいねえ!」とのこと。そうかそうか、この絵本はそんなに君の心を揺さぶったのか……と、説明なんかなくったって、不思議な世界にあっという間に連れていってくれる絵本の力強さに、久々に感服したのでした。
衝撃: 絵本に圧倒される
お次は、絵本の醍醐味である、絵に圧倒される体験ができる絵本を。
タイトルはシンプルに『た』です。「たがやす」「たねまく」「たいへん」「たすける」などの「た」から始まる日々の営みを、田島征三さんがダイナミックに描いています。田んぼの“た”の周囲で展開していくのですが、人々が生きていく日々の一生懸命な姿を描いた1ページ1ページに圧倒される絵本です。
田島征三さんはこの絵本もそうですが、どの作品からもエネルギーがほとばしっています。私は田島征三さんの絵本を読むといつも「とんでもないものを見てしまった」気分になります。現在は80歳を越えられている田島さんですが、この『た』は、今年に入ってから出された新刊です。田島さんの絵本は、リラックスしながら読むというよりも、ページをめくるたびに息を飲まされ、そのエネルギーにある種のショックを受けます。読むたびに目を見張る子どもたちを見ると、絵本の表現の奥深さ、果てしなさを感じます。
心躍る絵本: 読むだけで湧き上がるグルーブ感
ここからは、さらにエネルギッシュな絵本作家さんたちの作品を紹介いたします。
ある朝、目が覚めたヘイザくんが、“おばけたからくじ”を一枚買うと一等賞のスポーツカーが大当たりしてドライブが始まる、疾走感がたまらない絵本です。「おばけドライブ」なので、ドライブ中にはどんどんおばけたちがやってくるのですが、そんなことはものともせず、ヘイザくんはガンガン車を走らせます。車の勢いそのままに疾走していく物語に、読み手も気づいたらブンブン車を走らせているような爽快感が湧き上がってくる絵本です。
作のスズキコージさんも、どの作品もエネルギッシュで勢いがあり、ご本人もとてもエネルギーに満ちた自由な方です。読むとなんだか足が止まらない、体が動き出しちゃうような絵本を描かれます。
また、ほかにも心の中にリズムが生まれて沸き立つ絵本にこんな作品があります。
昔々、イグアノドンは小さな翼竜と友達になった。翼竜のうなり声をイグアノドンは楽しく聞いた。なぜってそれは世界で初めての歌だったから。原始の世界へと想いを誘う美しい絵本。
人間が生まれるずっとずーっと前の太古の昔のお話です。地球はまだできてまもなく、あちらこちらで、どがーんどがーんと山が噴火していました。そんな中で生まれた友情と歌のお話です。その歌は「だくちる」と鳴くプテロダクチルスの声なのですが、「だくちる だくちる」というリズムと、長新太さんが描く、若い地球の弾けるような姿があいまって、太古の時代にひきずりこまれていきます。
どちらの絵本も、読み手に不思議なリズムと湧き上がる躍動感をもたらす、「絵本って人の心をダイレクトに響かせるんだ」と思わされる絵本です。
うっとり: 美しいものに魅了される
次は、読み手をうっとりさせる魅力的な絵本をご紹介します。
この絵本には文章がありません。絵のみで、美しい海の姿と「しま」とは何かを描いています。文章はありませんが、荒れ狂う海によって船が壊れ漂流し、とある島に流れ着き、島のうえで生活していくという物語は、むしろ文章がないからこそ「隅々まで感じとりたい」と私たちの意識をひきつけて、その世界観をいきいきと伝えてくれます。
なんといっても、その絵の「美しさ」が圧倒的です。荒れ狂う海、凪いだ海、晴天の海と集う生き物たち……、同じ海と島の姿でも、どれも違った美しさがあり、その美しさに引きつけられ1ページ1ページを見ていくと、さらに細部に詰まった物語に気づき、見ていて飽きることがありません。
文章がないのに、子どもたちは、どんな絵本よりも長く1ページを見つづけています。美しさには時代も年齢も関係ない、普遍的な力を持つことを感じさせる絵本です。
不安: 世界にはすっきりしない、不可解なものがある
さいごに、「不安感」という、楽しい絵本のイメージからはちょっと違和感を抱かせる絵本をご紹介します。
この絵本には、朝ごはんに子どもを食べるのが大好きという“人食い鬼”が出てきます。ちょっとその時点で「え……」という不穏さがあるのですが、とにもかくにも、その人食い鬼はゼラルダという少女を襲おうとして、逆においしいご飯を作ってもらい、そのおいしさに目覚めて子どもを襲わなくなるのです。
一見「改心してよかったね」という流れではありますが、なんとなくすっきりしません。「じゃあ、これまで食べられてきた子どもたちは? もう食べなくなってよかったね、で本当にいいの?」という疑問を持つ子も少なからずいます。日本の昔話ですと「因果応報」的に成敗されることが多いですよね。でもこの絵本では、人食い鬼はゼラルダと幸せに暮らしてしまうのですから。
この絵本には、ラストにもう一つのもやもやポイントが隠されています。実際に読んで確認していただきたいのですが、さいご「幸せに暮らしました」という結末にもかかわらず、「え? 本当にこの後幸せになるの?」と読者を不可解な気持ちにさせる部分があるのです。
作者のウンゲラーさんは『すてきな三にんぐみ』でもいわゆる“強盗”を主人公にしています。ですので、この絵本もなかなか一筋縄では読みとれませんし、実際に答えもありません。調べてみたところ、やはり最後の終わり方には賛否もあって、読者は何かしらの引っ掛かりを感じているようです。
ですが、そういう引っ掛かりこそが、「なぜこの部分に自分は不安に感じるのだろう」と、自分を深掘りしていくことにもつながっていくのではないでしょうか? この絵本は1970年代に刊行されましたが、もし、現代の新刊だったら、もやもやを感じた人たちがハッシュタグで繋がって、ムーブメントになったかもしれませんよね。ウンゲラーさんは、この絵本で読者の感情を波立たせたい、そんなことも考えていたのかもしれません。
さいごに
絵本のみならず、本をなぜ読むのかというと「知る」「楽しむ」ということが基本にあるかと思います。ただ、絵本に関しては、大人は、「子どもに何かの効果があった方がいいんじゃないか」「せっかく時間を使うんだから、価値のあるものを渡したい」と思うことも多いのではないでしょうか?
私も同じくでして、子どもも私もなんやかやで忙しいからこそ、「1冊にいろいろ凝縮されている方がお得かしら?」という選び方になりがちでした。しかし、読み聞かせを続けて思ったのが、
「いろんな絵本を読むことに意義がある」
ということです。がっちり知識がつまっている本ももちろんありがたいのですが、どんなジャンルの絵本でも多種多様な絵本を受け取ることで、だんだんと「自分はこんなものが好きなのかも」「こんなことを自分は感じるんだ」というその子の土台が作られていくのだと思います。そうやって「なんだか分からないけれど、すごく惹かれる、すごく気持ちが揺さぶられる」という絵本に出会うことが、自分を理解していく工程になると思います。
また、親子であっても「感性」は同じわけではありません。パパママが「面白い」と思う絵本、子どもが「面白い」と思う絵本、それぞれ持ち寄ってお互いの感じたことを交換しあうことも、また面白い経験になると思います。夏休みは終わったばかりではありますが、「芸術の秋」「読書の秋」でもありますので、ぜひ、絵本で感情をドカンと揺さぶってみてはいかがでしょうか?
徳永真紀(とくながまき)
児童書専門出版社にて絵本、読み物、紙芝居などの編集を行う。現在はフリーランスの児童書編集者。児童書制作グループ「らいおん」の一員として“らいおんbooks”という絵本レーベルの活動も行っている。7歳と5歳の男児の母。
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