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かこさとしさん幻の遺稿『くらげのパポちゃん』、孫の中島加名さんにより待望の絵本化

制作エピソードを披露するかこさとしさんの長女鈴木万里さんと孫の中島加名さん(加古総合研究所の私設ギャラリーにて)

『からすのパンやさん』『だるまちゃんとてんぐちゃん』など、2018年に92歳で亡くなるまで600冊以上の名作を世に送り出してきた絵本作家、かこさとしさん。

 

そんなかこさんの幻の遺稿が発見され、孫の中島加名さんが絵を描き、絵本『くらげのパポちゃん』として2025年2月5日に講談社から刊行されました。発売直後、加古総合研究所の私設ギャラリー(神奈川県藤沢市)にて刊行発表会が行われました。

かこさとしさん幻の遺稿『くらげのパポちゃん』が孫・中島加名さんとの共作で絵本に

かこさとしさん(2013年撮影) 提供:加古総合研究所

戦争をテーマにした幻の遺作『くらげのパポちゃん』

かこさとし/中島加名『くらげのパポちゃん』講談社

戦後間もない日本。ある日小さな島の桟橋で船の着くのを待っているのは、トランクを持った男の子。お父さんを戦争で亡くした彼は、一人で町へ働きに出るのです。その様子を見ていたくらげのパポちゃんは、お父さんが南の戦場へゆく途中、大ぜいの兵隊たちと乗った船が沈められ、そのまま死んでしまったことを知ります。今も海に沈んだまま、そこにいるのでしょうか。パポちゃんは、男の子が立派に大きくなったことを伝えるために、広い海を波にもまれ、風にゆられながら、南をめざして泳いで探しに行くことにするのです。大冒険の果てに目にしたこととは……。

かこさとしさん生原稿 提供:加古総合研究所

長女の鈴木万里さんによると、かこさんは晩年に「戦争の本をつくりたいが、なかなかできない」と繰り返していたそう。ところが2023年に自宅で原稿を整理していると、束ねられた4冊の手書きの原稿が見つかった。その中にあったのが「くらげのパポちゃん」。「読んでみるとお話はファンタジーなんだけれども、最後に心に響くものがあって。これはいつか皆さんに読んでいただきたいと思った」と万理さん。

 

制作されたのは絵本作家としてデビューする前の1950〜55年ごろ。当時かこさんは子どもたちに紙芝居の読み聞かせを行っており、このお話も紙芝居にするために書かれたとみられています。

遺志を継いだのは、かこさんの孫・中島加名さん

見つかったのは原稿のみで、絵はついていませんでした。そこでかこさんの遺志を継いだのが、かこさんの孫である中島加名さんです。このとき加名さんは29歳。くしくも、かこさんが今回の作品を書いた時の年齢と同じだったのだそう。

 

幼い頃からかこさんの絵本づくりを間近で見て育ってきた加名さんですが、本格的に絵本を制作するのは今回が初めて。担当編集者さんと打ち合わせを重ね、原稿を読み込み、絵のタッチや海の描写などを模索しながら描き進めていきます。

かこさとし/中島加名『くらげのパポちゃん』講談社
かこさとし/中島加名『くらげのパポちゃん』講談社

最初に苦労したのが主人公「パポちゃん」の描写。透明感がありながら、どう個性を打ち出していくのか。くらげといってもどんな種類でどんな姿なのか。悩んでいるところに『クラゲのふしぎびっくりばなし』(小峰書店)の担当編集者の方からお知らせがきます。

なんとその絵本の下書きの資料にくらげのイラストがあり、そこに「ミズクラゲのパポより」と書かれていたのだそう!

「パポちゃん」の原稿を書き終えてから40年以上経ったタイミングで書かれたもので、ずっとかこさんの頭の中に「パポちゃん」が存在していたことが伝わってくる素敵なエピソードですよね。(※絵本の巻末にもイラストとエピソードが掲載されています)

そして加名さんが力を入れたのが、ドキリとする場面ながら不思議な安堵感と優しい気持ちに包まれる、海の底で甚吉さんや兵隊たちが眠っている場面。戦争で亡くなった方たちの悲しみや苦しみが優しく丁寧に描かれています。

 

制作中追い詰められて泣きそうになった時、加名さんの夢枕に立ったかこさんに「ごくろうさん」と声をかけられたというエピソードも披露。

祖父であるかこさんの心情としては戦争に対する強い怒りや現状に対する歯がゆい思いがあったのではとしつつ、加名さんは『くらげのパポちゃん』は戦争がテーマの絵本ではあるけれど、まずは身近な存在でもある小さくて透明なくらげが、大きくて広い海の世界に飛び込んでいきながら冒険をしていく物語そのものを楽しんでもらえればと思っています。読みながら「これってなに?」「なんでこうなったの?」などの問いかけが生まれてくれたら、と思っています。」と、その思いを語ってくださいました。

”終戦後80年“に読みたい絵本

くらげのパポちゃん

くらげのパポちゃん

小さな島の桟橋で、見送りの人と一緒に船の着くのを待っているのは、トランクを持った男の子。一人で町へ働きに出るのです。お母さんが涙ぐみながら言います。

「富吉がこんなに大きくなって。
 お父にひとこと知らせてあげることができたらねぇ」

海の中でくらげのパポちゃんがその様子を見ていると、ヤドカリくんがお父さんの甚吉さんは戦争に行ったまま帰ってこなかったのだと教えてくれます。南の戦場へゆく途中、大ぜいの兵隊たちと乗った船が沈められ、そのまま死んでしまったのです。今も海に沈んだまま、そこにいるのでしょうか。

パポちゃんは、男の子が立派に大きくなったことを伝えるために、ひろいひろい海を波にもまれ、風にゆられながら、南をめざして泳いで探しに行くことにしました。そこで最初に出会ったのは……。

戦争に対する強い想いがありながら、なかなか作品をつくることができなかったというかこさんが、1950年~55年に制作していたのがこのお話。2023年に見つかったこの幻の遺稿『くらげのパポちゃん』には絵がありませんでした。そしてかこさんの孫である中島加名さんが絵を描き、終戦後80年を迎える2025年、ついに絵本として完成したのです。

初めての大海原でさまざまな海の生き物たちと出会いながら、懸命に行方知れずになっている少年の父親を捜す旅をするパポちゃん。愛らしく、時にはユーモラスに描き出されたその様子に夢中になっていると、やがて甚吉さんに出会う大切なシーンがやってきます。その景色にドキリとしながらも、不思議な安堵感と優しい気持ちに包まれるのは、読んでいる子どもたちにも「二度と戦争を起こしてはならない」というかこさんの意思がしっかりと伝わっているからなのでしょう。

世界では今もまだ続く戦争。この絵本に触れることで、多くの子どもたちが平和への想いを強く持ってくれることを願うばかりです。

(磯崎園子 絵本ナビ編集長)

最後は、絵本『くらげのパポちゃん』、かこさとしさんの写真と一緒に。

中島 加名(なかじまかめい)
1994年、神奈川県藤沢市に生まれる。国際基督教大学教養学部卒、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程中退(文学修士)。北海道西興部村在住。野外イベント「ニシニカリシテ」主催。書籍『愛蔵版ニシニカリシテ』および音楽CD 『爆縮盤ニシニカリシテ』を制作。

取材・文:磯崎 園子
撮影:所 靖子

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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