ありのままを「受け入れる力」
絵本には、子どもに働きかける様々な力が備わっています。絵本がきっかけで、新しいことにチャレンジする気持ちを持てたり、苦手なことに取り組もうと思えたりもします。子どもたちの世界を楽しく広げてくれる絵本は、子育て中のパパママにとっても、大きな味方になってくれること間違いなしです!
この連載では、とくに「これからの時代に必要とされる力」にフォーカスして、それぞれの力について「絵本でこんなふうにアプローチしてみては?」というご提案をしていきたいと思います。
ありのままの今とは
2月という時期は、みなさんの周りでも、「引っ越しが決まった!」「行く学校が決まった!」「次は小学生だ!」などなど、次の年度に向けて、なんだかいろいろ方向が決まってくる頃ではないでしょうか。
意気揚々と胸を躍らせることもあれば、ちょっと不本意、あるいは「これでほんとにいいのかな……」など、いろいろ人と比べて考えてしまうこともあるかと思います。
そんなときは、自分を取り巻くものを見つめ直してみましょう。
「ありのまま」というと「アナ雪」を彷彿としますが、ここでは「ありのままの現状を認める」「ありのままの日々の価値」などをイメージしてお話ししていきたいと思います。子どもは自分の環境を選べませんよね。だからこそ「親ガチャ」という言葉も生まれたわけですが、まずは、現状を認識すること、今を受け入れること、そこから次につながるのではと思います。
ということで今回は、「受け入れる力」について考えられる絵本をご紹介したいと思います。
当たり前の毎日の尊さ
トガリネズミの、ささやかでありふれた日常
ボローニャ・ラガッツィ賞特別賞、ニューヨークタイムズ・ニューヨーク公共図書館絵本賞などを受賞し、海外からも高い評価を受けている絵本作家が初めて手がける絵童話!
トガリネズミは働きもの。朝おきてから夜ねるまで、毎日きまった予定をこなし、つつがなく暮らしています。でも今日はひとつだけ、いつもと違うことがありました! ひとめ見たら忘れられない、つぶらな瞳のトガリネズミ。そのささやかでありふれた日常を、独特のおかしみをもって描きます。
この作品は、働き者のトガリネズミの日々を静かに描いた童話です。
トガリネズミは6時に起きて身支度をして、毎日同じ7時8分の電車に乗って職場に向かいます。仕事をし、17時ちょうどに席を立ち、買ってきたパンを夕食にし……と、トガリネズミは決まったルーティンで毎日を過ごします。
ぱっと見て、大きな事件もできごともないんです。ですが、その静かな毎日が本当に尊く感じられます。決まった日々を過ごし、たまのちょっとしたできごとを心から楽しむトガリネズミ。ルービックキューブが揃ったり、初めてテレビを手に入れたり、一年に一度の友達との逢瀬の準備をしたりすることを新鮮に楽しみ満足するのです。
トガリネズミの日々を描いた3つのお話しからなる作品ですが、子どもも大人も、毎日を丁寧に楽しむトガリネズミの姿から、「当たり前の毎日ってすごい」と感じることと思います。
生々流転の哲学
「生々流転」とは、すべての物が絶えず生まれては変化し移り変わっていくさまのこと。
お次は、生々流転の運命の中での木馬のお話です。
木馬のブランは遠いある国で生まれました。最初は大きな遊園地のメリーゴーラウンドの木馬。次は小さな遊園地に移り、遊園地が閉園すると、メリーゴーラウンドは規模が小さくなり、ブランは各地を転々とします。長い年月様々な人を乗せて、ペンキもはがれ白かった体もくすんだブランは……というお話です。
ブランは木馬ですから、意に沿わない場所に連れていかれてもボロボロになっても逃げ出すこともありませんし文句を言うこともありません。主体的な生き方とは言えませんが、ブランはどんなときでも「耳をピンとたて、いっしょうけんめい走ること」を忘れませんでした。自分の背中から笑い声が聞こえると、とても幸せな気持ちになったからです。
自分ではどうしようもない場所に流され続けて、どんな立場に置かれたとしても、「そこで自分がどうあるか」は自分で決める。そんな信念を、ブランは伝えてくれます。
このままでも別にいいよね!
お次は、とってもユニークで楽しいお話です。
一家全員うろおぼえだけど、超ポジティブ
お父さんにお母さん、お兄さんに弟、妹。揃いも揃って<うろおぼえ>が多いあひるの一家は、ある日、お母さんから買い物を頼まれて出かけたけれど、何から何までうろおぼえ。道中ヒントをもらいながら、はてさてどんな結末に?
おとうさん、おかあさん、おにいさん、おとうと、いもうと、のうろおぼえ一家は似た者同士。何が似ているかっていうと、そろいもそろって“うろおぼえ”なんです。この絵本では、
「あれ、なんで はやおきしたんだっけ?」
「たしか、『お』が つく ものを するためだった きが するなあ」
と、早くも怪しい調子で一家は、おかいものに向かいます。
ですが途中でも
「なにを かいにいくんだっけ?」
となり、うろおぼえ状態の一家は、買い物も紆余曲折の末、家に帰ります。
買い物シーンでは、一家全員うろおぼえのはずなのに妙にポジティブで、「そうだった そうだった!」と次々違うものを買い込んでいき、読んでいるこちらは爆笑です。
しかも、買ってきたちょっと的外れなものを目にしたおかあさんがまた、
「ええ、おかあさん、なにが ほしかったか うろおぼえだけど、これだった きがするわ! ありがとう!」
と超ポジティブで、もう腹筋崩壊です。
一家全員うろおぼえだと、普通はちょっと不安に感じそうですが、この一家はなんだか毎日楽しそう。そんな姿を見ていると、周りがとやかく言わなくても本人たちが楽しそうならいいじゃない! と明るい気持ちになります。
続編の『うろおぼえ一家のパーティー』は、パーティーをやるはずだけど、誰のお祝いか分からなくなってしまった一家に抱腹絶倒ですよ。
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受け止めてくれる存在
さいごに、いつも変わらず目の前のものを見つめ、ありのまま受け入れてくれる存在を描いた絵本をご紹介します。
この絵本の主人公は、“海の波”。
海は、当たり前ですが場所を変えることなくそこに居続け、海の波は、朝から晩まで、海に働きに来る人、たわむれる子どもや大人など、やってくる様々な人々を「さん ささーん」と寄せては返しながら、あるがままに受け入れます。この絵本はそんな波の一日をゆったりと描いた絵本です。
波は、心の中では人々にいろいろ語りかけますが、それが人に伝わることはありません。ですが、そんな存在だからこそ、人々は波の前で、楽しく遊んだり、ぼんやり考え事をしたり、親しい人とたたずんだり、素の姿を見せられるのかもしれません。
「わたしは いつでも ここにいて あなたのことを まっている。」
そんな、自分を解放できる場所や存在、私にはあるのかな? 探したいな、そう思える一冊です。
さいごに
「ありのままを受け入れる」、今の時代はけっこう難しいことではないでしょうか?
大人も子どももあらゆる情報にさらされている時代、「人と比べるな」と言ったところで、やっぱり情報が入ってきちゃえば気になりますし、今の状態が不本意だったら「今は本気出してないだけー」と言い訳もしたくなります。
ただ、ありのままを認めるということには、いろいろな気づきがあると思うんですよね。
私は、子どもの発達相談で、先々の発達のことが不安でこまごま質問したことがあるのですが、そのときに小児科の先生に、
「お子さん本人は、今あんまり困ってなさそうですが、お母さんは何か今お子さんに困ってますか?」と聞かれ、
「……そういえば、困ってません……。」
と返答する、ということがありました。先の不安ばかりを考えて、今の子どもが見えていなかったことに反省した経験です。そこから、子どもの先々を考えるよりも「今のこの子が楽しく過ごせているか」を考えた方が有意義だな、と考えるようになりました。
「おかれた場所で咲きなさい」という言葉もありますが、以前はなんだか今の不幸を我慢しなさいと言われている気もしてなんとなく釈然としませんでした。ですが、現状を認めるということは、そこから、「今はこれはこれで楽しいぞ、困ってないぞ」と思えたり、「よっしゃここからひっくり返すぞ」と思えたり、現時点の自分の位置を確認することで、そこからどこにでもスタートすることができると思うのです。
偶然にも、今回ご紹介した絵本はこの数年のうちに刊行された絵本ばかり。現代は、「ありのまま」「自分の足もと」をクローズアップする必要のある時代だということなのかもしれません。絵本をきっかけに、「ありのままの自分は、今どんな状態なんだろう? それに満足? それとも不満?」そんなところから、考えてもよいかもしれません。
徳永真紀(とくながまき)
児童書専門出版社にて絵本、読み物、紙芝居などの編集を行う。現在はフリーランスの児童書編集者。児童書制作グループ「らいおん」の一員として“らいおんbooks”という絵本レーベルの活動も行っている。7歳と5歳の男児の母。
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