絵本で引き出す「育てる力」(栽培編)
絵本には、子どもに働きかける様々な力が備わっています。絵本がきっかけで、新しいことにチャレンジする気持ちを持てたり、苦手なことに取り組もうと思えたりもします。子どもたちの世界を楽しく広げてくれる絵本は、子育て中のパパママにとっても、大きな味方になってくれること間違いなしです!
この連載では、とくに「これからの時代に必要とされる力」にフォーカスして、それぞれの力について「絵本でこんなふうにアプローチしてみては?」というご提案をしていきたいと思います。
手で物を作る実感
これまで、想像力やメタ認知能力など内面的な力にフォーカスしてきましたが、今回は少し方向性を変えまして、「植物を育てる力、栽培する力」について考えていきたいと思います。
デジタル社会の子どもたちは、バーチャルの世界への解像度は高くなりましたが、転じて「もし便利な機器がなかったら、自分自身では何もできないのでは?」という漠然とした不安感も芽生えているのではないでしょうか。そんなとき、「手で物を作る実感」を得ることはとても大切になってきます。
アナログな「手作業」で、人しか持ちえない“五感”を駆使して多くの刺激を受け取ること。それが、AIにはない「想像力」や「疑う力」を培い、「ゼロからの創造」を生むそうなんです。
さらに、自身の手で世話をして作物を育てるということは、
・世話をすることによる自己肯定感
・実りによる達成感
・あきらめない継続力
・不測の事態への対応力
・食料を作れる自分への自信
などなど……、様々な力をもたらしてくれるはずです。
日本の食の問題や食品ロスに関心を持つうえでも「食べ物を育てる」ことへの興味はメリット大。
ということで、今回は、作物を育てることへの興味を引き出し、実地でも役立ってくれる絵本をご紹介していきたいと思います。
一年を通じて実りの喜びを知る
まずは、日本の主食、お米作りを学べる絵本です。
米はイネ科の植物・稲のタネのこと。そして、そのお米は私たちの体を動かすエネルギーのかたまりです。日本では弥生時代から作って食べられ、私たちが毎日元気に動くことのできる、大事な主食となっています。
そんな稲を作っている場所“田んぼ”の一年をつづった絵本が『田んぼの一年』です。稲は、他と比べて栽培期間が比較的長い作物です。3月から土に空気を入れるために耕す“田起こし”が始まり、そこからは田を整備し苗を育てて植え、怒濤の育成期間が始まります。
また、田んぼには季節を通じて様々な生き物も存在します。田に水を張ると、カエルの大合唱が始まり、水路からボウフラを食べにメダカや小魚もやってきます。
そして、無事に水を抜き、稲を刈り取り出荷したころにはもう冬となり、次の稲作の準備が始まるのです。
この絵本は、一年を通じた田んぼの変化が分かりやすく描かれています。また、田や稲に関する解説も非常にくわしく、田の周囲に集まる豊富な生き物の説明も網羅されていて、様々な角度から「田んぼ」のことを楽しめます。
私はそこそこの田舎で育ったこともあり、田んぼも身近で、読みながらその流れを懐かしく思い返しましたが、都会に育っている子は、しろかき、田植え、稲刈りの流れも実際に見たことはないかもしれません。そうした子どもたちにも分かりやすく稲作のことを伝えられる絵本です。
野菜の個性を知ると、おいしさ倍増!
野菜を一から育てたことがありますか? 野菜とひとくちで言っても、本当に多くの種類があって育ち方も育て方もそれぞれ違って奥深いですよね。そんな野菜たちのそれぞれの個性を分かりやすく楽しめる絵本シリーズに、「どーんとやさい」シリーズ(童心社)があります。
があります。
今回は、この中でも子どもたちに身近なじゃがいもの育ち方がよくわかる、こちらの一冊をご紹介します。
つちの中からごんごろ、ごんごろ。だんしゃくいも、メークインなど、いろんな種類のじゃがいもが登場します。たのしい音と力強い絵で、畑の野菜の生命力を伝えます。
じゃがいもは、種いもから芽を出します。そして、茎は地上に伸び、根は地中に伸びていきます。葉っぱは太陽を受けどんどん茂り、かわいい花も咲きます。花が枯れると青い実がつきますが、これがじゃがいもなのではありません。私たちが食べるじゃがいもは、地下の茎がふくらんだ部分なのです。
このように、じゃがいもが育っていく過程を見せてくれつつ、じゃがいもの種類によって花の色が違うこと、花が枯れた後にトマトそっくりの実をつけるけれどいつも食べるじゃがいもは地下茎の一部であること、じゃがいもはトマトやナスの仲間であること、などなどの豆知識を伝えてくれます。
こうしてそれぞれの野菜の個性を知っていくと、その野菜の食べ方にも興味が出てくるので、食育的にもぴったりです。このシリーズはいろいろな種類の野菜にフォーカスしていますので、まずはお子さんの一番好きな野菜から読んでみてください。
「どーんと やさい」シリーズ
プチ栽培からはじめよう
さて、「育ててみたい」という意欲がわいてきたとして、でも「子どもがどこまで興味を持っているか分からないし、最後まで手伝ってくれるとは限らないよなー」という状態のご家族には、まず「プチ栽培」がおすすめです。
そうした手軽なプチ栽培の絵本がこちら。
しぜんにタッチ!シリーズ。いつも料理に使う、野菜たち。切れ端を育ててみれば…あら、ふしぎ。身近な野菜に潜む生命力が感じられる写真絵本。
お料理の後には、たくさんの野菜の「きれはし」が残りますよね。そのきれはしは、まだ生きています。それをおうちの中で育ててしまおうというのが、プチ栽培のコンセプトです。再生野菜=リボベジ(リボーンベジタブル)ともいいます。
ニンジンや大根など、野菜の茎につながる根本の部分は料理の際は切り落としますよね。そこを捨てずにとっておきましょう。浅く水を張ったお皿にのせて、日当たりの良い室内に置いておくと、あらふしぎ! どんどん伸びて葉っぱも出て、あっという間に成長していくんです。成長した切れ端を、植木鉢などに植えかえればそのまま収穫までできてしまい、おうちの中で野菜栽培体験ができてしまいます。子どもたちには、朝晩の水の取り替えをお願いすればお手伝い体験もできますし、ぐんぐん成長していく野菜を見ると、育てている充実感・達成感も感じられますよ。
この絵本では、ありとあらゆる野菜の切れ端を栽培している姿が見られるので、気になる野菜があったらぜひ、切れ端を取っておいて親子で観察してみましょう!
栽培の、さらなる高みへ
「作物を育てるのっておもしろい!」と思い始めたら、今度は“ガチ栽培”を目指してみるのはいかがでしょうか?
そんなガチの農作業が丸ごとわかる絵本シリーズがあります。
初めて野菜づくり・畑づくりする人にもわかるように基礎の基礎から解説。栽培ごよみの書き方、くわの持ち方からマルチ張りまで。
「そだててあそぼう 農作業の絵本」シリーズ
種類別に、様々な作物の育て方を教えてくれる「そだててあそぼう」シリーズの中でも、「農作業の絵本」は、農作業に完全特化したシリーズです。しかも、「農文協=農山漁村文化協会」というプロフェッショナルが作成している絵本シリーズですから、栽培を始めるにしても栽培計画から栽培条件、土壌作りなど、もうガチ中のガチの内容となっております。
もちろん絵本ですので、そういった内容も楽しくわかりやすく読めて取り組め、「庭を整地したぞー」「大きなプランター買ったぞー」という、育てて収穫する気満々の皆さんの知りたいことが完全網羅されています。本格的知識を絵本でわかりやすく描いているので、園芸を始めたい全ての年代の皆さんにおすすめです。間引きや防虫・保温対策に整枝の方法などや、野菜だけでなく果樹栽培も取り上げられ、農作業の大変さや面白さを、まずは全体を読んでみて疑似体験してみてください。そこから気合いを入れて、楽しくガチ農作業を始めましょう。
めぐみをもたらす土の力
植物が育つには土は必要不可欠。土には植物を育てる力がみなぎっています。そんな“土”を主人公にした、ほんわかとした不思議な絵本があります。
いなかの、山里に暮らす腐葉土の家族。ふよこちゃんは末っ子の女の子です。のんびりと昔から変らぬ生活をしている「ふようど」の目から、里山に暮らす「人」の生活の変化をおっとりとしたペースで描いていきます。まさに土のぬくもりと泥団子のようなふよこちゃんの愛らしさが魅力の絵本です。
ふようどとは「腐葉土」のこと。腐葉土は、落葉をミミズや微生物たちが時間をかけて分解することで作られ、土に混ぜることで栄養たっぷりでふかふかの土になり、植物の成長を助けてくれます。
ふよこちゃんは、里山の雑木林の中に住んでいる腐葉土の一家の末っ子です。みんな木の実や葉っぱや草を食べて暮らしています。そして、ふよこちゃんは太陽の光を浴びた、あったかい、いい土の香りに包まれています。
ふよこちゃんが住む雑木林の下には三軒の家があります。そこには昔、大勢の人たちが住んでいて、きれいに世話をされた田んぼや畑があって、ふよこちゃんたちのご先祖も畑にまかれていっしょに働いていました。
でも、畑や田んぼに農薬がまかれ、ほたるも飛ばなくなり腐葉土も使われなくなりました。そして、三軒の家の人々もいつのまにかいなくなってしまい、畑も田んぼも荒れたまま。それでも腐葉土の一家は変わらぬ暮らしを続けています。里山の暮らしは、これから先、どうなっていくのでしょうか……。
このお話は、作者の飯野和好さんの故郷、埼玉県の秩父が舞台です。秩父は荒川の上流の山間にあり、飯野さんの一家は家畜を飼い、畑や田んぼを世話し、炭を焼き、朝から晩までにぎやかにせっせと暮らす毎日だったそう。そうしたなかでふよこちゃんたちも大活躍だったのでしょう。
今、人々は里山から去ってしまいましたが、ふよこちゃんたちは、変わらずに里山でほのぼのと暮らしながら、お山を守っています。ふよこちゃんの、そのやわらかくてあったかい土色の姿からは、自然の豊かさ、命が循環している力強さを感じさせてくれます。土は、命を育むのです。
さいごに
「作物を育てる」ということは、きっかけがないと、なかなか普段行うことってありませんよね。
私事で恐縮ですが、私は「バケツ稲作り」というキットをもらい、今年の春から秋まで親子で稲を育ててきました。バケツ一杯分にもかかわらず、台風も直撃しますし思っていたより大変だったのですが、収穫の秋を迎え稲穂が見えだしてから、これまでにない満ち足りた気持ちを感じたんですね。小学校の朝顔へちま以降、自分で植物を育てようと思ったこともなく、今回育てている間も決して楽しいばかりではなかったので、自分にびっくりしております。
「こんなに米に感動するなんて、弥生時代以降DNAに刷り込まれているんじゃないかしら」とも思いますが、やはり「自分の手で食べ物を作れた」という達成感や充足感というのは、大人にとってもこれだけのものですから、子どもの成長にとっても有意義だと思うのです。
経験が想像を裏打ちするといいますか、作物を実際育ててみると、カメムシが取り付いたり台風がやってきたり、ふだんとは違った大変さがやってきます。これまではスズメがやってくると「かわいいねー」と思っていましたが、稲穂を干している間は「狙われている!」と警戒したり、今までの生活から視点が変わってきます。想定外の大変さを知ると、「こうしたらこうなるかもしれない」という想像もさらに幅が大きくなっていきます。そうした経験は、生きている間人生をとても豊かにしてくれるんだろうな、と頭を垂れる稲穂を見ながら考えてしまいました。
今回の絵本から「やってみたい!」と作物を育てることに興味を持っていただき、「私、ちゃんと生きていける気がする!」「大変だけどやりきった!」という栽培の感慨深さをぜひ親子で味わっていただけたらと思います。
徳永真紀(とくながまき)
児童書専門出版社にて絵本、読み物、紙芝居などの編集を行う。現在はフリーランスの児童書編集者。児童書制作グループ「らいおん」の一員として“らいおんbooks”という絵本レーベルの活動も行っている。7歳と5歳の男児の母。
この記事が気に入ったらいいね!しよう ※最近の情報をお届けします |