絵本作家ひろたあきらの 一冊ぐらい絵本を読んでみませんか? vol.1『クマくんのひっこし』
僕は今、絵本作家として絵本を作っています。ですが、元々はただの絵本好きでした。それは今でも変わっていません。暇さえあれば本屋へ行き、絵本の棚をチェックします。前から欲しかった絵本を見つけると買ってしまうし、知らなかった面白い絵本を見つけると買ってしまうし、好きな作家さんのサイン本があれば買ってしまいます。
狭い部屋の中は、どんどん絵本で埋め尽くされていきます。本棚はとっくにキャパを超えて、行き場のない絵本が部屋の床に積み上がっていきます。正直に言うと、ものすごく邪魔です。それでも本屋へ行くとまた絵本を買ってしまうのです。おそらく500冊は超えました。独身なので、家に子どもがいる訳でもありません。それなのに、なぜそんなに絵本を買ってしまうのでしょうか。
それはシンプルな理由です。絵本は大人が読んでも面白いからです。映画、音楽、漫画、小説、アニメ。大人が楽しめるカルチャーはたくさんあります。それと同じように、絵本だって大人が読んでも楽しめるのです。この連載は、そんな絵本の魅力を、普段絵本を読まない大人にも届けたいという思いで始まりました。僕みたいになってくれとは言いません。一冊ぐらい絵本を読んでみませんか。
さよならを言うこと
今回紹介する絵本は『クマくんのひっこし』タイトルの通り、クマくんが引っ越しをするお話です。生きていると、ある日突然お別れがやってきます。友達とのお別れ、恋人とのお別れ、家族とのお別れ、ペットとのお別れ、街とのお別れ。僕は最近「芸人」という肩書きとお別れして「絵本作家」と名乗るようにしました。これも僕からすれば、なかなかのお別れでした。お別れにもいろいろなものがありますよね。クマくんが自分が住んでいた家とお別れするお話ですが、きっとどんな大人が読んでも、自分の経験と重なる絵本です。
絵本の始まりは、家の荷物を車に全て積み終えたところから始まります。さぁ、これから新しい家に向け出発するぞと思いきや「ちょっとまって、ぼく、わすれものをしたみたい」とクマくんは家の中へ引き返してしまいました。何か大切なものを忘れてしまったようです。クマくんは家中を探しますが、忘れ物は見つかりません。そこへパパとママがやってきて、3人(クマだけど)は空っぽの部屋を見ながら話し始めます。あそこには椅子があったねと、部屋の思い出をみんなで言い合うのです。
すると空っぽだったはずの部屋がだんだんと元通りの部屋に見えてくるのです。椅子が3つ並び、窓にはピンク色のカーテンがかかり、壁には絵が飾られています。クマくんたちの暮らしていた部屋を見て、不思議とあたたかい気持ちになります。このページの時点で、他人(クマだけど)の家族の家なのに、この家に懐かしさすら感じてしまいます。
しかし、次のページをめくると、また空っぽの部屋に戻っています。あの楽しかった生活は今日で終わりなんだと、現実に戻り寂しくなります。ページをめくるだけで、一瞬で世界が変わってしまうのは絵本のすごいところです。パパはクマくんに「おいで、おわかれをしにいこう」と言ってクマくんを抱き上げます。そして家のなかのいたるところにさよならを言ってまわります。キッチン、階段、寝室、廊下。クマくんは忘れ物を見つけることができるのでしょうか? そして、クマくんの忘れ物はいったい何なのでしょうか? 是非絵本を読んでみてください。
僕はこの絵本が大好きで、何度も何度も読み返しています。この絵本を初めて読んだのはたぶん26歳ぐらいのときです。高円寺にある「えほんやるすばんばんするかいしゃ」という、とんでもなく素敵な絵本の古本屋さんで絵本を買っているときでした。そのとき買ったのは『さいごのこいぬ』という絵本。
関連書籍
お会計をしているときに店員さんが「この絵本いいですよね。同じ作者のこの絵本もいいですよ。」と渡してくれたのがフランク・アッシュさんの『クマくんのひっこし』でした。そのときもすごく好きな絵本だと、すぐに気に入りました。でも、何回も読んでいるうちに、新しい発見があるのです。それはきっと、自分の人生経験が増えて、自分と絵本の重なる部分が増えたのだと思います。
お別れは基本的には寂しいことが多いです。でもそのお別れにちゃんとさよならを言うのも、大切なことだと、この絵本が教えてくれました。ちゃんとさよならを言えば、新しい道へ進めます。これからも生きていれば、いろいろなお別れがやってきます。そんなときは、この絵本を思い出して下さい。そして、クマくんのように、ひとつひとつにさよならと言えたらいいですね。さよなら。
最近のこと
家でできる陶芸にハマっています。 これは絵本の原画を描く時に、ペンが無くならないようにサポートしてくれるアシスタントを作りました。 この人たちのおかげでいい絵が描けそうです。
今月の、推し「長新太絵本」!
長新太さんの絵本が大好き というひろたさんに、月に1冊、推し「長新太絵本」の魅力を動画で語ってもらうコーナーもスタートしてみました! 今月紹介してくれるのは……?
1989年愛知県額⽥郡幸⽥町⽣まれ。吉本興業所属の絵本作家。2019年2⽉に刊⾏したデ ビュー作『むれ』(KADOKAWA)が「第12回MOE絵本屋さん⼤賞2019」の新⼈賞第1位、「第7回 積⽂館グループ絵本⼤賞」第1位、「第3回未来屋えほん⼤賞」の第3位に選ばれるなど多くの絵 本賞を受賞。その後も第2作『いちにち』(KADOKAWA)、『ぐるぐるぴ』(講談社)、『にゃおにゃお にゃお』『ちんぽうがき』(ヨシモトブックス)など、精⼒的に活動を続けている。2021年、幸⽥町絵 本⼤使に就任。絵本を⽤いたワークショップや読み聞かせ会を積極的に⾏う。
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