深い悲しみに向き合う ―グリーフケアの絵本
 
                    
                絵本には、子どもに働きかける様々な力が備わっています。絵本がきっかけで、新しいことにチャレンジする気持ちを持てたり、苦手なことに取り組もうと思えたりもします。子どもたちの世界を楽しく広げてくれる絵本は、子育て中のパパママにとっても、大きな味方になってくれること間違いなしです!
この連載では、とくに「これからの時代に必要とされる力」にフォーカスして、それぞれの力について「絵本でこんなふうにアプローチしてみては?」というご提案をしていきたいと思います。
喪失感にどう向き合うか
人にはさまざまな感情がありますが、その中でも最も言語化しづらく、捉えるのが難しい感情は「悲しみ」ではないでしょうか。特に、大切なものを失ったときに感じる“喪失”の悲しみは、大人であっても受け止めるのが非常に難しい感情です。そうした感情の受け止め方をまだ知らない子どもたちにとっては、なおさら理解しづらいものだと言えます。そのため、大人はこうした話題を子どもの前では控えがちですし、近年では葬儀などのお別れの場も簡略化され、喪失や別れに触れる機会、目にする機会もますます少なくなっています。
しかし、別れはいつも突然訪れるものです。
子どもたちは、そうした感情をまだ知らず、どう受け止めてよいのか分からない子のほうが多いでしょう。また、大切な人が悲しみに直面したときに寄り添うためには、その人の気持ちを想像するのも大切なことです。
悲しみを受け止め回復していくことを「グリーフケア」と言います。喪失・別れはつらく悲しいことですが人生の中で回避することもできません。悲しみを受け止め、そうした人たちに寄り添う気持ちを養える絵本を今回はご紹介したいと思います。
大切な人を失うこと
人生で、大切な人の「死」ほど大きな喪失はないのではないでしょうか。まずは、大きな喪失が訪れてしまった子の物語をご紹介します。
ママは入院をしています。私とパパは面会の時にはいつも「だいすきだよ」とママに伝えます。朝、突然病院から電話がありママがいってしまったと伝えられます。その日から私はなにも感じられず寒くて疲れて眠れません。みんな親切にしてくれますが一人ぼっちのように感じます。そんなとき、ママのお気に入りのセーターが出てきます。
 
                    
                パパは「グリーフはママのセーターに似ているね」と言います。グリーフの大きさは変わらないけれど私の方がぐんぐん大きくなっていってぶかぶかのセーターもいつか私の体に合う日がくる、私の世界が広がっていくにつれてセーターを着なくても大丈夫になる、だってセーターはそこにあるし、ママは私の心の中にいるってこと知っているから。
「グリーフ」とは大切な人やものを失ったときの深い悲しみのこと。子どもの心を詳細に描き、グリーフを受け入れ生きていく過程を丁寧に描いた絵本です。
世界一笑顔がすばらしい素敵な人がいました。大きな声で笑ったりそっとほほえんだり、その人の笑顔はかわいくて優しくて、愛にあふれていました。
 
                    
                ある日その人は死に、その笑い声も失われてしまいました。いろんな場所に笑顔を探しに行きましたが、どこにも見つけられません。それでも時は巡りみんな前に進んでいくように見えましたが……失ったものを忘れることができない人もいます。笑顔を失ってしまったその子はその後……。
という、大切な人のかけがえのなさと喪失のその先を描いたお話です。
文章には表されていませんが、世界一笑顔が素敵な人は主人公の女の子のママです。ママはその子にいろんな笑顔を向けます。病気が進んでいく最中、笑顔になれないときでも、その子を見る目には笑いを宿していました。そうしてたっぷりの笑顔と愛をママは伝えていたのです。
 
                    
                この2冊はどちらも、ママを失ってしまった子のお話です。子どもにとって、ママという存在ははかり知れない大きなもの。その喪失感は、子どもの人生・心の中にずっと残り続けるでしょう。ですが逆に、その記憶・与えられたものがその子を支えていく。成長していく中でそのグリーフも受け止め生きていくことができる、そうした希望を伝える絵本たちです。
「死」とは、どんなものですか?
一度失ったら二度と戻らない──それが「死」です。
死んだ人がそれを実体験として語ることはできず、私たちは想像によってしか語れません。だからこそ、よく分からない恐ろしさが募っていくのです。そうした「死」の根源的な部分について、子どもたちが考察が深められる絵本がこちら。
世界に「死」がなくなったら
病に倒れた母を救うため、息子のポールは死神を黒グルミの中に閉じ込める。ところがそのせいで、世界に「死」がなくなってしまう。「死」のない世界では、たまごは割れず、畑の作物は収穫できず、魚は海へ戻ってしまう。「生」と絶対に切り離すことができない「死」。母に命のおきてを教えられたポールは、黒グルミを探す旅に出る…。読み聞かせや命の授業でも大反響の絵本です。2008年「この絵本が好き!」翻訳絵本部門第5位。2008年度静岡県夏休み推せん図書選定。
ポールはある朝、胸騒ぎを覚えました。台所に立っているはずのかあさんが見えなかったからです。かあさんは部屋のベッドに横たわって目を閉じて言います。
「わたしは、もうすぐ死ぬわ」
死神がやってきてかあさんを連れていくというのです。ポールは死神に出会うとカマを奪い取り死神をめった打ちにし、たたいてたたいて小さくしてしまいました。そして小さくなった死神を黒グルミの殻の奥に押し込むと海に向かって放り投げました。家に帰るとかあさんは元気に台所に立っていました。死神はかあさんを連れていけなくなったのです!
しかし、おかしなことが起こり始めました。ごはんを作ろうとしても卵が割れず、畑に行っても野菜が抜けず、漁師たちは魚が全く取れず、肉屋は牛が逃げてしまうと言います。すべてのものが死ななくなってしまったのです。かあさんは、ポールが「生きているものがもつ、ただひとつのおきてを ないものにしてしまった」と言います。ポールは再び、死神を探し始め……。
「死」はすべての生き物に平等に訪れる、命はまわり「死」があってこそ「生」がある、という死の根源的な意味を伝える深い絵本です。
そして、ある日突然、いつもの場所からいつもの人がぽっかりと消えてしまった体験をつづった絵本がこちら。
隣の席の金井くんは親友ではなく普通の友達。入院をしていてみんなで手紙を書きました。そしてある日先生が、いつもと違う声で言いました。
「かないくんがなくなりました」
みんなでお葬式に行って教室には金井くんが描いた絵がまだ貼り出されているのに、でも、金井くんはいません。金井くんがいなくなっても、みんないつもと変わらない、もうみんな金井くんのことを忘れているみたいに感じます。
「しぬって、ただここにいなくなるだけのこと?」
それでも60年以上たった今、おじいちゃんは金井くんのことを思い出してしまう、そのぽっかり何かが空いてしまったようなできごとをずっと考えてしまうのです。
ある日突然、いつもの景色から何かが抜け落ちてしまう、このような死は、私たちの近くにいつもあるものではないでしょうか? 誰かがいなくなってぽっかり穴が開いてしまっても時は巡り世界は何も変わらない、それもまた「死」の一面です。
そして、こうして絵本をご紹介しているにもかかわらず、私はこの絵本の結末が理解できていません。金井くんの同級生だったおじいちゃんも、死とはなんなのかわかりません。死は終わりなのか始まりなのか、いったいなんなのか、そのわからなさをこの絵本でいっしょに考えてみてください。
天国ではなにしてる?
大事な人との別れ、大人はもちろん子どもにとっては衝撃的なできごとです。でも、少し落ち着いたとき、「あの人は天国でなにをしているのかな?」と思えたら、少し前に進みだせるのではないでしょうか? そんな優しい物語がこちら。
ケンタくんのおじいさんは死んでしまいました。ケンタくんはたくさん泣きましたが、少しずつ元気になっていったそのころ、死んだおじいさんは天に向かう長い階段を上っていました。ようやくついた雲の上にはねこがいっぱい! おじいさんは道を間違えてねこの天国についてしまったんです。
 
                    
                そして天国でも仕事をしなければいけないそうで任されたのが、これから生まれるねこの模様を描く仕事。しかしおじいさんはなかなかうまくできません。しょんぼりしながら考えていると
「ケンタは、わしの ちょびヒゲが すきだって いうてくれた」
ことを思い出し、ねこの“ちょびヒゲ”を描く、ちょびヒゲ屋をやることにしたのです。ねこのかわいい顔に、ちょんとのるちょびヒゲは天国で大評判になり、ちょびヒゲ屋には長い行列ができるようになったのでした。
 
                    
                「しんでからも、しごとを するのかえ」と、とまどうおじいさんの姿や、あのねこの模様は天国で誰かがつけてくれたのかな?と思ったりするとほんわか明るい気持ちになります。いなくなってしまった人のことを思うと悲しいけれど、「天国のあの人のお仕事が、今の私のこれとつながっているのかも?」とちょっと前向きな思いにつながる、小さな子におすすめの絵本です。
失われた人の思い出
最後に、東日本大震災でわが子を突然失ったおかあさんたちを描いた物語をご紹介します。
子どもたちへの、お母さんからの手紙
宮城県石巻市立大川小学校。東日本大震災による津波で、児童74名の命が亡くなり行方不明となるという悲劇がおこりました。お母さんたちは、子どもたちが避難しようとめざした場所に、ヒマワリを植えはじめたのでした・・・。ドキュメンタリーを撮るために現地へ行っていた作家・葉方丹さんに託された、お母さんたちからの手紙。そこには、辛い悲しみと同時に、子どもたちへの愛情あふれるメッセージが詰まっていました。絵本作家・松成真理子さんも現地へ赴き、お母さんがたの話に耳を傾け、お母さんたちが書いてくれた子どもたちについての手紙をもとに、この絵本をつくることになりました。こんなかわいい子どもがいたんだよ、こんなやさしいお母さんたちとずっとずっといっしょなんだよ。このことが、絵本で伝えたかった思いです。
【この絵本の売り上げの一部を、被災地復興などのため寄付いたします。】
2011年3月11日午後2時46分、とても大きな地震がありました。石巻市大川小学校の子ども達は急いで雪の降る校庭に集まり、丘の上の花だんに向かって歩き出したとき、大きな津波がみんなを飲み込みました。残されたおかあさん達は、来る日も来る日も子どもたちを探し続けました。
6月のはじめ、一人のおかあさんが、丘の上の花だんにひまわりを植えることを提案しました。
「もう なにもしてあげられないしね……」
「みんな、ここにきたかったんだもんね」
丘の上の花だんも津波に飲まれて潮をかぶり、植物が育ちづらいので毎日たくさん水をあげました。お母さんたちは、ひまわりの世話をしながら子ども達のことを話しました。ひまわりはお母さんたちの背丈を越え、たくましく育っていきました。その姿を見て、お母さんたちは子どものことを思い、語りあい、ひまわりの種1つ1つがかけがえのない思い出のように感じ、いつくしむのです。
 
                    
                「もう なにもしてあげられない」という言葉のつらさ。その悲しみは昇華できるものではないと思いますが、お母さんたちはあとがきでこう言っています。
「心はいつもあなたと一緒」
そう思えるまでには、ひまわりが花咲くまでの時間が必要でした。お母さんたちの中に、ずっと一緒にいるのです。
さいごに
家族や大切な人を突然失うことによって、たぶんそれまでの毎日はまったく変わってしまうことでしょう。グリーフ・悲しみをケアしたとしても元通りにはならないと思います。ただ、大切な人がいなくても日はのぼるし時間は過ぎていきます。そうした中で悲しみを受け止め続けなければいけません。
科学哲学者の野家啓一さんは『はざまの哲学』の「『今を生きる』ということ」という章の中で
「筆舌に尽くしがたい苦しみや悲しみに言葉を与え、それを自己の不可分の一部をなす『物語』として受け容れることによってはじめて、人は自分を取り戻し、『今を生きる』ことができる。」
と述べています。この文は東日本大震災について述べられたものですが、そうした突然の苦しみ、悲しみを受け止めるにはそれに言葉を与える必要があるというものです。そして言葉を用いて物語ることで、そのつらさに直面した人だけでなく周囲の人々にも共通した悲しみとなり普遍化し、みなで悲しみに寄り添うきっかけとなります。今回ご紹介した絵本たちも、その手助けになるのではないでしょうか。突然の悲しみはすぐには感じ取れないこともありますし、子ども達は経験の少ない分、特にそうした傾向があると思います。後から急にその喪失を感じることもあります。そうした時にも物語は役立ちます。
『かないくん』には、「死を重々しく考えたくない、かと言って軽々しく考えたくもない」という一説があります。喪失の悲しみにはいろいろな立場の多面的な感情があります。これらの絵本をきっかけに、悲しみに言葉を与える、そうした必要性を考えていければと思います。
 
                徳永真紀(とくながまき)
児童書専門出版社にて絵本、読み物、紙芝居などの編集を行う。現在はフリーランスの児童書編集者。児童書制作グループ「らいおん」の一員として“らいおんbooks”という絵本レーベルの活動も行っている。7歳と5歳の男児の母。
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