決めつけない! 柔軟な思考力
絵本には、子どもに働きかける様々な力が備わっています。絵本がきっかけで、新しいことにチャレンジする気持ちを持てたり、苦手なことに取り組もうと思えたりもします。子どもたちの世界を楽しく広げてくれる絵本は、子育て中のパパママにとっても、大きな味方になってくれること間違いなしです!
この連載では、とくに「これからの時代に必要とされる力」にフォーカスして、それぞれの力について「絵本でこんなふうにアプローチしてみては?」というご提案をしていきたいと思います。
いつのまにか決めつけてない?
毎日の生活の中で、特に疑うこともなく「こうだろう」と決めつけてしまっていることって、けっこう多くないでしょうか? 子どもたちも日頃から「みんながそう言ってるからそうなんだ」と思ってしまっていることがあったり、パパもママも、例えば子育てのことで「このくらいの年にはこれができるようにならなきゃ」「ほかのおうちでしてるらしいから、うちでもやらなきゃ」など、つい思ってしまったりすることがありますよね。
ですが、それって本当にそうでしょうか? 誰が決めたものでしょうか? 思い込みでガチガチでいると、新しいことにも気づけないし人にも優しくできません。物事は、いろいろな視点で柔軟にとらえていった方が、子どもたちものびのびと成長していけるはずです。
このことを考えるには、気持ちの余裕が大切ですが、現代の子どももパパママも、そうしたことがままならないくらい忙しい……。そんなときには絵本で、決めつけ・思いこみをガーンとくつがえしてみましょう。今回は、決めつけから心を自由にしてくれて、柔軟に物事を考える手助けになる絵本をご紹介します。
目から、うろこがポロリ
「これは難しいから、あの子にはできないかな」「あの子は言ってもちゃんとできないから」などという生活の中の決めつけってありませんか? 我が家は、荒れ放題の家の中で「ちゃんとやりなさーい!」という叫び声がしょっちゅう響き渡るのですが、そんな私が、読んで「ガーン」とショックを受け、目からうろこがポロリとなった絵本がこちらです。
難しいと思いこんでいた仕事が……?
すずきさんは、400年をこえるれきしがある「めねぎのうえん」のしゃちょうです。
あるひ、やまだせんせいが、しょうがいのあるふたりを、のうえんではたらかせてほしいとやってきました。すずきさんは、これまでしょうがいしゃとはなしたことも、しょうがいしゃにかんしんをもったこともありません。さて、なんといってことわろうかとあれこれかんがえ、めいあんがうかんだのですが……。
実話をもとにした、障害とは何か、ともに生きる社会とは何かを子どもといっしょに考える絵本です。
多様な存在をおたがいに認め合える社会へ。
すずきさんは、芽ねぎという、芽が出てまもない細いねぎを栽培する農園を経営しています。そこに、特別支援学校の先生が、生徒を働かせてくれないかとやってきます。芽ねぎの栽培には長年の訓練が必要です。「どういってことわろうか」と鈴木さんは、難しい芽ねぎの植え込み作業を見せます。
「これが できないと、うちでは はたらけません」
鈴木さんが言うと、特別支援学校の先生は、
「すずきさん これ つかえませんか?」
と、下敷きを使って、難しいと思っていた植え込み作業を簡単に行ってしまったのです。難しいと思いこんでいた仕事が、工夫次第で簡単にできてしまい、「なんてこった!」と、鈴木さんはショックを受けます。
このほかにも、様々な「ガーン」を受けるのですが、特別支援学校の生徒たちに働いてもらったことで、決めつけていた思いこみが、ちょっと視点を変えたり工夫することで、どんどん覆っていくのです。
私も「言っていることが、ちゃんと伝わらない!」と思っていましたが、その「ちゃんと」を相手に伝えるための工夫はしていたか、「ちゃんと」の基準って何なのか、考えずに口にしていたことを思い知らされ「ガーン」となりました。
この絵本は実際にあったお話です。決めつけをなくしたら、みんなが豊かに暮らせるのだ、ということを強く伝えてくれる絵本です。
思いこみを疑う視点
私たちは、ぱっと見て「これは〇〇だ」と認識していますよね。人間が受け取る情報量のうち、8割は視覚からだとも言いますし、見た目は大きな判断材料です。ですが、見た目だけに頼っていて本当に大丈夫? と、この絵本は、私たちに問いかけてきます。
この絵本は、物や体にリアルなペイントをするアート作品で注目されている、チョーヒカルさん作の、見た目の思いこみを覆される楽しい絵本です。
つやっつやのきゅうり……かと思ったら、バナナ!
みかん……切ってみたらトマト!
などなど、ペイントした姿に思いこまされて、本当の姿が見えた瞬間「じゃない!」と衝撃を受けます。私が一番「ふあっ!」となったのは、いちご……かと思いきや、あさり! でした。いちごだと思いこんでいたものからあさりの管がにゅるりと出ている画面は、衝撃で脳内がゆらぎました。
そして、見た目から連想する概念がぐらっと覆される絵本に、『ふしぎなナイフ』(中村牧江/林健造 さく 福田隆義 え 福音館書店)もあります。
ナイフというと、硬くて鋭くて……というイメージですが、このふしぎなナイフは、
「まがる」「ねじれる」「とける」「ちぎれる」……
と、こちらの概念を覆してきます。この絵本は、「ナイフってこういうものだよね」という私たちの考えに疑問をつきつけ、固まった思考をほどいてくれるのです。
私たちは、見た目だけで「これ知ってる」と思いがちですが、「本当にそうかしら?」という視点を持たせてくれる絵本たちです。
「そういうものだ」って誰が決めた?
絶望的な状況……だとしても、捉え方は人それぞれ。絶望的って思いこんでいない? そもそも、絶望的って誰が決めたの? と問いかけてくれる絵本が、こちらです。
おなかのなかの暮らしは意外と悪くない?!
ある朝、ねずみは、おおかみにぱくっと食べられてしまいました。ところが、おおかみのおなかのなかには、すでにあひるがすんでいました。あひるは「ここは、すみごこちがとってもいいから、外の世界にはもどりたくない」と言います。そこで、ねずみもいっしょ
にくらしはじめますが…?
大人気絵本作家コンビが贈る、ゆかいな絵本。読み聞かせにおすすめ!
あるあさ、ねずみは、おおかみに、ぱくっとたべられてしまいます。ねずみは思います。「もう おしまいだ。いっかんの おわりだ」
おおかみに食べられてしまっているのですから、たしかに絶望的な状況ですよね。しかし、ねずみが泣いていると、別の声が聞こえます。なんと! おおかみのおなかのなかには、あひるが住んでいたのです。
なんとなく二匹仲良く暮らしますが、「やっぱり もどりたいよね。そとの せかいに」と、ねずみが言っても、あひるは「いや、ぜーんぜん!」というのです。
「だってさ、そとに いたときは、いつ おおかみに ぱくっと くわれるかって びくびくしてたけど、ここなら しんぱい いらないだろ」
そんなあひるの意見に、ねずみは、びっくり。「なるほど……」と、思ってもみなかった視点によって、絶望から楽しく安心な毎日に変わるのです。
怖いおおかみからは、みんな逃げたしたいものだと思いこんできましたが、ねずみやあひるの立場になれば、こんなに安心な場所はなかったのです! 視点を変えると状況はあっという間に変わるのね、ということを、愉快に伝えてくれる絵本です。
思いこみを覆してくれる長新太さん
長新太さんの作品は、思いこみや常識をいつも軽々と飛び越えて、私たちを自由な世界に連れて行ってくれます。今回は、その中から、『ムニャムニャゆきのバス』(偕成社)をご紹介します。
はるかかなたから、バスがやってきます。行先表示には、「ムニャムニャゆき」とありますが、まずムニャムニャってどこなのか。降りてくる乗客も、海の魚に三角定規にトマト……と、どう見てもふつうのお客さんは乗っていません。そしてどうやら運転手もいないよう。それでも、当たり前のように「ベエー ベエー」というブザーの音を響かせて走ります。
その姿はバスに見えるけれども、みんなが思っているバスとは違うようです。でも何が違うのか、これはこれでありなんじゃないか……と、読んでいる私たちのイメージをどんどん覆しながら、バスは進んでいくのです。
長さんの作品は、私たちにいつも「なんで?」を思い出させてくれます。「なんでここでキャベツ?」「なんでミミズが世界を救う?」「あたまがなんでゴム?」などなど、いろいろな作品に「なんで?」が出てきます。でも、その「なんで?」に答えなんてないんです。
長さんは、『ムニャムニャゆきのバス』の中に、こんなセリフをいれています。
「わからないから、おもしろいんじゃないの。そんなこと きいては、イケマセン イケマセン。」
私たちの頭の中を、どんどん自由にしてくれる、長新太さんの作品です。
長新太さんの絵本
さいごに
最近、「アンラーン(unlearn)」という言葉を知りました。今まで学んだことを一度壊すという考え方です。いろいろな経験を積んで、自分流の「型」ができていく、それはとてもいいことです。しかし、大人も子どもも同じやり方、同じ価値観に慣れすぎてしまうと、そこで成長は止まりますし、弊害も出てくると思うのです。
視点を変えると、新しい見え方・考え方が生まれます。それが、柔軟な思考につながります。私の最近の「ガーン」は、ご紹介した『めねぎのうえんの ガ・ガ・ガーン!』を読んだときに起きたのですが、どうしても親視点で子どもにアプローチしてしまう毎日に、「ガーン」とショックを与えられたことで、「待てよ? 子どもからしてみれば、私の言ってること、すごく曖昧よね。そりゃ伝わらないよな」という気づきが生まれました。
今回は、決めつけてきたことを壊すことで柔軟な思考が生まれるということを伝えてくれる絵本をご紹介しました。こうして、絵本をきっかけに今までの思考をガシャーン!と壊して、その子に適したもの、私たち親子に適したものって何かしら?と、改めて考えていってはいかがでしょうか?
徳永真紀(とくながまき)
児童書専門出版社にて絵本、読み物、紙芝居などの編集を行う。現在はフリーランスの児童書編集者。児童書制作グループ「らいおん」の一員として“らいおんbooks”という絵本レーベルの活動も行っている。7歳と5歳の男児の母。
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