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子どもの視点でストン!とわかる絵本 〜てらしま家の絵本棚から〜

休校措置のいま読みたい! 子どもが疑似体験できる『はじめてのおつかい』

絵本記事を書いたり、絵本について研究の日々を送る、絵本研究家のてらしまちはるさん。その活動の原点には、小さな頃にお母様から読み聞かせてもらったたくさんの絵本があるそうです。子ども時代の一風変わった、けれど本当はどこにでもある絵本体験を、当時の視点で語ってもらいます。「絵本の楽しさって何?」「読み聞かせているとき、子どもは何を思っているの?」そんな大人の疑問を解く、意外なヒントが満載です!

女の子が主人公の絵本だからこそ

たくさんの絵本に囲まれて育った、子ども時代の私。

 

出会った絵本のタイプは本当に多種多様ですが、この絵本ほど「自分ごと」として読んでいた作品もめずらしかったと思います。

 

『はじめてのおつかい』です。

『はじめてのおつかい』

はじめてのおつかい

みいちゃんはママに頼まれて牛乳を買いに出かけます。自転車にベルを鳴らされてどきんとしたり、坂道で転んでしまったり、ひとりで歩く道は緊張の連続です。坂をあがると、お店につきました。お店にはだれもいません。みいちゃんは深呼吸をして、「ぎゅうにゅうください」と言いました。でも、小さな声しかでません。お店の人は、小さいみいちゃんには気がつかないみたい……。小さな女の子の心の動きを鮮やかに描いた絵本です。

【読んであげるなら】3歳〜

【私が昔読んだ年齢(連載をあわせて)】3歳ごろ〜10歳ごろ

「自分ごと」というのは「主人公を自分だと思って物語を読み進むこと」です。

 

以前、この連載で紹介した『よるのびょういん』や『めっきらもっきら どおんどん』も同じく「自分ごと」として読んでいた絵本ですが、これら2冊はどちらも主人公が男の子。

対して『はじめてのおつかい』は、みいちゃんという女の子が主人公です。だから、より物語と自分との距離が密接だったと思います。

 

こんな読み方をしていたのは、きっと私だけではないはず!

 

そう思って絵本ナビ「みんなの声」をのぞいてみたら、やっぱりいらっしゃいました。

幼い頃、読んでもらった絵本の中でいちばん印象に残って、リアルに覚えているのはこの絵本です。なんでなんだろう、と考えて、「きっと自分も絵本の中に入り込んで、みいちゃんと一体化して体験した気持ちになったからなのかな」と思いました。恥ずかしくて、大きな声が出せない気持ち。どきどきする不安と、焦り。転んですりむいた膝の傷の痛み。思い出すのは、そんな「自分の体験」としての記憶です。

(ひなぎぬさん/30代ママ/1歳女児、投稿2008年)

ひなぎぬさんは「自分の体験」という言葉で同じことを表現していますね。このコメントには、この絵本への子どもの視点がぎゅっと凝縮されていると思います。

大人になったいま、あらためて『はじめてのおつかい』を読み返してみると、各画面の絵の構図のすばらしさにため息がでます。

 

みいちゃんの気持ちが高揚している場面では、ななめに切り取ったような構図や、魚眼レンズ風の構図などで、気持ちの不安定さが表されています。

 

一方、見知らぬ大人との接点が生じる場面では、地面と水平に切り取った構図が用いられています。

 

みいちゃんの心の動きを表現するために、林明子という画家が計算を尽くしたあとがよく見られます。

イメージの世界でこそ可能なことがある

ところで『はじめてのおつかい』は、1976年に月刊絵本として初めて発表された作品でした。

 

主人公の5歳の女の子、みいちゃんが急に一人でおつかいに出かけることになるシチュエーションは、当時はありふれたものだったでしょう。

 

けれど、それから40年以上が経った現在では、地域や状況によってむずかしい場合もありますね。

 

そうした観点のみでこの絵本を判断しようとすると「内容が古くて、いまの状況にそぐわないからダメ」となってしまいそうですが、早合点はちょっと待って。

 

『はじめてのおつかい』がそれだけで無効な作品になることはありません。

すべての作品に言えることですが、絵本のいいところの一つは「現実にはむずかしいこともイメージの世界で体験できること」です。

 

たとえ現在、一人でおつかいに行くのが環境としてむずかしくても、そういう子がこの絵本を読めば、イメージの世界でおつかいに行く疑似体験ができますね。

 

疑似的な体験でも、物語のなかにいる子どもの心は、絵本の主人公の気持ちにあわせて敏感に揺れ動くものです。そんな体験を重ねていれば、環境がととのった時に一歩ふみだす力も自然と育つのではないでしょうか。

 

「現実にはむずかしいこともイメージの世界で体験できる」という絵本の特徴は、たとえば昨今の新型コロナウイルスによる休校措置で思うように外出できない子どもたちのアクティビティとしても、有効な手段の一つとなるのではないかと私は考えています。

普遍的なメッセージを読み取るということ

70年代が舞台だというのをのみこんで、あらためて『はじめてのおつかい』を読んでみると、気づくことがあります。

 

少しむかしの生活模様を通して語られるのは、いまもまったく変わらない、普遍的な子どもの姿だということです。

 

困っている家族のために、はじめてのことをやり遂げようと自分を奮い立たせる気持ち。心細さをこらえて歩く気持ち。なんどもトライして、世界を少しずつ広げていく様子。

 

これらはどれも、子どもが成長過程で通る道です。ここにはそれぞれに小さなドラマがあり、魅力に時代の新旧は関係ありません。

 

いつの時代の、どんな人にもあり得る、小さな人の小さなドラマ。そのひたむきさに焦点をあてるのが『はじめてのおつかい』という絵本です。

てらしま ちはる

1983年名古屋市生まれ。絵本研究家、フリーライター。雑誌やウェブ媒体で絵本関連記事の執筆や選書をするかたわら、東京学芸大学大学院で戦後日本の絵本と絵本関連ワークショップについて研究している。『ボローニャてくてく通信』代表。女子美術大学ほかで特別講師も。日本児童文芸家協会正会員。http://terashimachiharu.com/

写真:©渡邊晃子

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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