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絵本で伸ばそう!これからの子どもに求められる力

親子で学びたい! 現代社会の変化(ジェンダー・多様性について)

絵本には、子どもに働きかける様々な力が備わっています。絵本がきっかけで、新しいことにチャレンジする気持ちを持てたり、苦手なことに取り組もうと思えたりもします。子どもたちの世界を楽しく広げてくれる絵本は、子育て中のパパママにとっても、大きな味方になってくれること間違いなしです!

この連載では、とくに「これからの時代に必要とされる力」にフォーカスして、それぞれの力について「絵本でこんなふうにアプローチしてみては?」というご提案をしていきたいと思います。

新しい価値観の中で学んでいる子どもたち

この数十年の間に、社会の価値観は大きく変化しました。子どもたちが受けている教育も、親が受けてきたものとは様変わりしています。特にジェンダーの平等や、多様な人々を受け入れる価値観は、教育の世界でどんどん浸透していっているように感じます。

男の子・女の子というカテゴライズをできるだけ避け、名簿も男女混合となってきました。生徒を呼ぶとき、生徒同士で呼び合うときは、「〇〇さん」に統一されています。「いろいろな子がいることが当たり前」という価値観が共有され、校内には子どもたちに対する様々なサポートの先生がいます。外国籍の子たちへのサポート教室や、ADHD・ASD・LDのような、学習に配慮が必要な子どもたちもいろいろな学び方が選べるように学習の仕方が整いつつあります。

子どもが最先端の価値観の学びを受けている一方、大人の方がうっかり「男の子なんだから」など、古い観念で子どもたちに語ってしまうときもあります。

絵本には、ジェンダーや多様性の問題を子どもたちに向けて鋭く問いかけた作品が多くあります。そうした作品から、子どもたちを取り巻くジェンダー観や多様性への考え方の大きな変化を、親もいっしょに感じ取っていける絵本を今回はご紹介したいと思います。

ジェンダーの平等について

仕事に男女差はあるの?

しごとをとりかえただんなさん 改訂

つつがなく暮らしていた、おひゃくしょうの若夫婦。ある日、だんなさんは自分の畑仕事がおかみさんの家での仕事より大変だと言いだし、仕事をとりかえます。しかし、オートミールの入ったボウルを割ったり、りんご酒のたるのせんをしめわすれたり、家の仕事をしようとするだんなさんは、やることなすこと失敗ばかり!

まず、ノルウェーの昔話の絵本から、おかみさんの家の中での仕事を「楽なくらしをしているもんだ」と言っただんなさんが、おかみさんと仕事を取り換えるお話です。

文句を言っただんなさんに対しておかみさんは、あきれてしまい、あくる日、おかみさんは畑仕事に行きだんなさんは家の仕事をすることにしました。「楽なくらしをしているもんだ」というだけあって、だんなさんはおかみさんの仕事を軽くみています。ところが、軽く見ていた仕事をことごとくだんなさんは失敗し、おかみさんに

「もう けっして、おまえのしごとより おれのしごとが たいへんだなんて、いいや しないよ!」

と大反省するのです。

家での仕事を蔑視してしっぺ返しをくらうお話ですが、そもそも男性と女性で仕事って分けなきゃいけないの? 男女関係なく他の人の仕事に尊敬の気持ちを持ちましょうよ、と問いかけてくる絵本でもあります。

子育てと仕事

ふわふわしっぽと小さな金のくつ

イースターは、キリスト教を信奉する国々で、もっとも大事なお祭りのひとつ。キリストが死後3日目に復活したことを記念し、また、春のおとずれに感謝するお祝いです。イースターに欠かせないのが、このお話の主人公にもなっているイースター・バニー。幸運をよぶ卵を配るうさぎです。うさぎは、春になるとたくさん子どもを産むので、生命や多産の象徴、卵は復活の象徴といわれています。この日は、ゆで卵にきれいに絵を描いてプレゼントしたり、うさぎの形をしたチョコレートやキャンディーを食べたりして、楽しく過ごします。

イースター・バニーという、イースターの日に世界中を回って子どもたちに卵を届ける役目のうさぎになりたいと夢見る、“ふわふわしっぽ”という、うさぎの女の子のおはなしです。イースター・バニーになれるのは、世界で5匹だけ。とても名誉な仕事です。ふわふわしっぽも、「いつかイースター・バニーになるわ」と夢見ながらも大きくなって結婚し、21匹もの子どもが誕生します。ふわふわしっぽは一度は夢をあきらめますが、ある日、新しいイースター・バニーを選ぶことになり、これまで必死で子育てをしてきたことが認められ、イースター・バニーに選ばれるのです。

「あきらめなければ夢はかなう」というテーマのおはなしですが、おはなしの中に「おまえの仕事は子守りだよ。イースターは、おれたちみたいに立派な男のうさぎにまかせとけって」というセリフがあるなど、男女の役割に対する固定観念が現れている内容でもあります。

現代の子どもたちから見ると「なんでお母さんは子守りだけしなきゃいけないの?」「おとうさんは何しているの?」と、きっといろいろな疑問が浮かびますよね。この絵本がアメリカで刊行されたのは1967年、日本で翻訳されたのが1993年と、実はけっこう昔の絵本です。日本で1990年代と言えば、1986年に男女雇用機会均等法ができ、制度としては社会で男女平等で働くことができるようになった頃。制度ができてもまだまだ過渡期の時代です。そうした時代に「お母さんでも夢を実現できる」という絵本は画期的であったと思います。今では「なんでお母さんになったからって夢をあきらめなきゃいけないの?」という考え方が一般的になりましたが、この絵本を読むと、ふわふわしっぽのようなお母さんたちの頑張りや、それを支える人たちが現代への道筋を作ったんだなと、その奮闘の歴史を感じずにはいられません。

家族の姿も十人十色

タンタンタンゴはパパふたり

ロイとシロのおすペンギンは、いつからかお互いに気に入り、カップルになりました。一緒に泳いで一緒に巣づくりして、いつも一緒にいました。
ところが、他のカップルは、ただ一緒にいるだけでなく、どうやら巣の中で何かをあたためている模様。しかもそうこうしているうちにそのあたためたものがかえって赤ちゃんペンギンが誕生しているではありませんか。
ロイとシロは、近くにあった卵の形をした石を拾ってきて、さっそく毎日毎日交替であたためはじめました。でも石のたまごはちっともかえりません。
そんな様子を眺めていた飼育員がはたと思いつきます。
他のペンギンカップルが育てられなかったたまごをそっとふたりの巣においてやります。そして、ふたりにしっかりあたためられた卵から、タンゴが生まれたのです──。

絵本に出てくる「家族」というと思い浮かべてしまうのは、「パパがいて、ママがいて、子どもがいて……」という構成だと思いますが、家族の姿に決まりはない、ということを伝えてくれる絵本が、こちらの絵本です。

アメリカのセントラル・パーク動物園に実際にいた、ペンギンのオス同士のカップルのおはなし。ロイとシロは男の子で、いつも仲良くいっしょにいるうちに、ほかのペンギンカップルと同じように巣を作りました。しかし、他のカップルには赤ちゃんペンギンが誕生するのにロイとシロには赤ちゃんが生まれません。そこで二羽に、産み落とされたままほっておかれた卵を渡したところ、大切に温め続け、ついにひなのタンゴがかえるのです。

家族の形に決まりはない、愛情で結ばれた人々が家族なんだと、はっきり分かりやすく教えてくれる絵本です。

私の服は「私」が選ぶ

せかいでさいしょに ズボンをはいた 女の子

今から約150年前、女性はズボンをはいてはいけないという常識に疑問を投げかけ、非難されても抵抗した少女がいました。後に女性初の軍医として活躍し、フェミニストとして知られたメアリー・E・ウォーカーの幼い日を描く。

この絵本はジェンダーの平等もさることながら、「なぜ人と同じ服装でなければいけないのか」という多様性についても考えさせられる絵本です。

昔、女の子はズボンをはいてはいけませんでした。当時女の子が着ることができたのはきゅうくつなドレスだけ。でも、誰もそれがおかしなことだなんて思っていませんでした。ですが、メアリーは「ズボンのほうが、はきごこちがいいわ」と思いつきます。そんなメアリーに、周囲は非難の嵐です。ついには「男の子の服を着ている」、と学校に行くのを止められてしまいます。しかし、メアリーは言うのです。

「男の子の服をきているんじゃないわ。わたしは、わたしの服をきているのよ」と。

この絵本は、実際にアメリカであったお話です。あとがきを見ると、メアリーはズボンをはいていたことで、逮捕されることすらありました。現代は人々の服装はそれぞれ選ぶことができます。しかし、本当の意味で自由でしょうか? 今でも「男の子だから」「女の子だから」と“これまでそうだったから”というだけで、決めてしまっていることはないでしょうか? そうした考え方によって苦しい思いをする子がいることを忘れてはいけない、と考えさせられる絵本です。

多様性を受け入れるとは

「多様性」を受け入れることは、今や世界的な規範になっています。グローバルに活躍する子を育てるために教育の場でも、多数派の子どもたちに向けた学びだけではなく、その枠には入りきらない子どもたちも、様々な学び方が選択できるようになりつつあります。そもそも「同じ子」なんて存在しない、その子の「違い」を受け止める、そう考えさせてくれる絵本をご紹介していきます。

勉強したいのにうまくできない子

ありがとう、フォルカーせんせい

トリシャは絵を描くことが大好き。おしゃべりもできるのに、学校へ行くようになっても文字も数字も読めません。くねくねした形に見えるだけ。5年生になったとき、新しい先生がやってきたことで…。LD(学習障害)児の心のさけびと感動の出会いを描く絵本。

LD(学習障害・限局性学習症、読み書きや計算力などに関し学びにくさをもつ発達障害のひとつ)をテーマした絵本です。

トリシャは本を読んでもらうのが大好きな女の子。ですが、字を習い始めても、ちっとも自分で読めるようになりません。「わたし、みんなとちがうのかな。あたまがわるいのかな」、どんどん自信を失い、みんなからもいじめられるようになります。

ある日、新しい先生・フォルカー先生がやってきます。そして、「かわいそうに。ひとりぼっちでなやんでいたなんて」とトリシャの苦しみを分かってくれたのです。フォルカー先生は、トリシャに合った方法で字を教えてくれました。そして、トリシャは本が読めるようになり、うれし涙を流すのです。

難しいテーマに感じますが、ストーリーは分かりやすく、主人公が学校で自分が何に困っているのか分からず、不安でどんどん自信を失っていく様子がとても丁寧に描かれています。我が家でも、小1の息子が興味深げに読んでいました。小学校生活で思うようにいかないことも出てきた時期で、何か感じるものがあったようです。

この絵本のあとがきには、LD研究の先生からの言葉があります。

「個性を認め、個性にあった教育をする。それはこどもたちひとりひとりを、本当に大切にする教育の基本だと思います。」

子どもたちの違いを認め、それをいかした教育に向かわねばいけないことを強く感じさせる絵本です。

環境の格差

おばあちゃんと バスにのって

雨の日曜日、ジェイとおばあちゃんはバスにのって、あるところへ向かいます。ジェイは雨が降っていることや、バスに乗ることに文句を言いますが、おばあちゃんはユーモアたっぷりの返事でジェイの視野を広げます。そして、〈ボランティアしょくどう〉に着いたふたりは、恵まれない人たちのために、にこやかにお手伝いを始めます。

子どもの特質の違いではなく、環境の違いについて描かれている絵本です。

ジェイは、日曜日の教会の後はいつもおばあちゃんとバスに乗ります。でもジェイは、なぜみんなのように車で帰らないのか疑問に思います。おばあちゃんは「バスのほうがたのしいじゃない?」と言います。たしかに、バスの中でいろいろな人と交流するのは楽しいです。しかし、ジェイは、欲しいものが買えない自分の環境を「いやだなあ」と言ってしまいます。そのたび、おばあちゃんはジェイに

「ここでも ちゃんと、うつくしいものは みつけられるのよ」

と諭します。そして、ついたところは「ボランティア食堂」。貧しい人たちに無料で食事がふるまわれ、そこに集まる人たちは仲良く助け合っています。

この絵本はアメリカの絵本です。地域にもよりますが、アメリカは車社会でほとんどの人々が車で移動し、公共バスは貧しい人たちが主に乗っています。そうした背景を知るとより内容が分かりやすくなります。ジェイは貧しい環境の中、おばあちゃんをはじめ様々な人たちに支えられて育っています。

日本でも格差社会が広がっており、“親ガチャ”という、子どもたちが親や生まれる境遇を選べないことを象徴する言葉も生まれ、話題になりました。この絵本の舞台アメリカでは、貧しい子どもたちに教育の機会を与える政策が数多くあります。子どもの境遇はその子のせいではありません。環境の違いはあっても、その子の成長し学ぶ機会は平等に、そしてそのためにはどうすべきか、を問いかける絵本です。

「ふつう」じゃないって、やっぱり気になる

うちってやっぱりなんかへん?

おしゃれすぎる家、派手なワンピース、ひげがあって頼りにならないパパ、そしてへんてこな自転車、エトセトラエトセトラ。
わたしは ふつうがよかったのに――。

1960年代の北欧ノルウェーを舞台に、
めぐる季節のなかで悩みながら成長していく少女の姿を
アカデミー短編アニメーション賞受賞監督が描きます。

人と自分は「ちがうもの」。認めなきゃいけないのは分かっているけれど、ちょっとした違いにどうしても目がいってしまう。そうした子どものぐるぐるした気持ちに向き合った絵本です。

わたしは7歳の女の子。パパとママが建築家、わたしの家は他の家とちょっとずつ何かが変わっていて、いすは3本足だしパパには他のパパとはちがって口ひげが生えています。となりのベネディクテの家は、パパはふつうだし、レースのワンピースを買ってもらえるし、ちょっとうらやましくて……。そんな「わたし」の日常を描いたおはなしです。舞台はノルウェー、パパもママも建築家として働いているので、「わたし」は生活には何も不自由はありません。ただちょっとセンスが人とは違っていて「変わってる」と思われることを「わたし」はとても気にしてしまっています。

人との違い、多様性を受け入れるということは、とても大切なことですが、それは一筋縄ではいかないということを、この絵本は教えてくれます。人との違いが気になってしまうのは、人間の性(さが)ですし、子どもならなおさらです。しかし、そうした自分も認めることが、「人がどう思おうと構わない、そして、人がどうであっても構わない」というスタートラインに立つ過程で大事なのだということを「わたし」の気持ちから優しく伝えてくれる絵本です。

さいごに

先日、子どもの小学校に行く機会がありました。名簿は男女混合の名前の順、友だち同士でも基本は「さん」をつけて呼び、席は一人ずつ。一人一台タブレットが支給され、PCの時間があります。そしてその時間以外でもその子の必要に応じて学習に活用することが可能です。科目によっては習熟度別クラス編成がされていて、相談したいことがあればスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーにつながることも可能です。

地域によっていろいろ違いはあると思いますが、私の小学校時代を思い返すとあまりの違いに目を白黒……。性差への配慮と様々な子の存在を認める方向になっていることは、とてもすばらしいなと思っています。

子どもたちと直接触れ合う機会が多くなってしみじみ思うのが、「ふつうの子どもなんていない!」ということです。大人の世界でも「普通と思われる項目を全部クリアできるのはほんの1%もいない」という話が以前話題となりましたが、子どもだって当然ながら、できることとできないことはそれぞれ本当にバラバラです。ですが、多様な人々がいるからこそ、それぞれの「できること」によって貢献していくことができる。そうすることで「社会」が生まれるのではないでしょうか。人との違いを認められないことは、結局自分も相手から認められないことになります。多様性を受け入れることは自身の生きやすさにつながるのです。

もちろん、教育の現場で「多様性を認める」という理想は掲げられていますが十分に機能していると言えるかは分かりません。けれども、その方向に舵を切っていることは確かです。子どもたちがそうした価値観の中で、のびのびと成長していけるよう、大人もまた学びサポートしていけたらと思います。

男の子だって女の子だって関係ない、人は一人一人違って当たり前という価値観を、これらの絵本からぜひ感じ取ってみてください。

徳永真紀(とくながまき)


児童書専門出版社にて絵本、読み物、紙芝居などの編集を行う。現在はフリーランスの児童書編集者。児童書制作グループ「らいおん」の一員として“らいおんbooks”という絵本レーベルの活動も行っている。6歳と3歳の男児の母。

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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