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“母と娘でおもしろかった児童文庫について語り合ってみました”ーおしゃべり読書のすすめ

高学年におすすめ。愛と運命を描く日本の文学3冊。 母と娘で語る、福音館文庫その2

福音館文庫、おすすめは? 母と小6娘でおしゃべりしました!

ちょっとずつ日常が戻ってきていますね。一方で、子どもたちは楽しみにしていた行事やイベントが縮小されたりなくなったりと、行き場のない気持ちがあるかもしれません。本を読んで心を自由に動かすことは、きっと現実を生きのびる力になります。
「母と小6娘でおもしろかった本について語り合ってみました」連載企画、福音館文庫の第2弾は、愛や運命に心を揺らされる、小学校高学年向けの3冊をご紹介します。中学・高校生にもおすすめです!

戦国時代を舞台に描かれる、一大歴史ロマン

福音館文庫 つる姫

時は戦国時代、瀬戸内海に浮かぶ大三島を拠点とする三島水軍の総領の美しい娘、つる姫。しかし時代の波は、つる姫をも容赦なく巻き込んでいく。女の身ながらつる姫が出陣する日が来た。相手は圧倒的な大軍を擁する周防の大内家。苦戦する村上水軍から相手の大将船にむかって、つる姫の最愛の許婚、明成が漕ぐ爆薬を積んだ火舟が矢のようにつっこんでいく…。史実をもとに描かれた一大ロマン。カラー挿絵を生かした待望の復刊です。

母:ちょっと前に、一緒に行った本屋さんで『つる姫』を選んだよね。

娘:学校の歴史の授業で、織田信長とか徳川家康とか有名な武将は出てくるけど、それ以外のふつうの人でとくに女の人はあまり出てこないから、どんなおはなしかなと思って。

母:読んでみてどうだった?

娘:おもしろかった! 今私たちがしゃべっているような日本語では表せない、あったかくて凛とした言葉がたくさん出てくるんだよ。5歳のつる姫が桜の木の下で「とうさま。さくらの飯(まま)を進ぜましょうか」ってままごとをするかわいらしさも、道具や服、夜や朝の景色、家族の夜ごはんの描写とかも。いろんな表現がすごく新鮮だった。

母:「青絹のような空が、ぴんとはりつめる」「小みかんの花と楠の若葉と海のかおりがにおうそよ風」「赤銅色の潮焼けした男たち」……。瀬戸内海の、何百年も前の風景がよみがえるよねえ。お母さんも、読んでみたら、おもしろくてびっくりしたよ。だって「つる姫」が宮崎駿監督の「ナウシカ」みたいなお姫さまなんだもの(笑)。

娘:でしょう!? 女の子がかっこいいんだよ! 砂浜ではじめて白馬に乗る場面や、幼なじみの明成と弓を引き比べる場面も好き。戦いの悲惨なところも、女の人の目線で出てきてたね。

母:お母さんが好きだったのは、小さな無人島でつる姫と明成たちがピクニックするところ。三郎じいが「ここは人はおらぬし、けしきはよいし、おまけにうまい清水が湧く」って磯に船をつけてくれるの。流木で火を燃やし、明成が魚を釣り、塩をふって火にあぶる。木陰が涼しい崖下で、にぎりめしの重箱や煮物を広げて……と読めば「あー、おいしそう!」としか思えない。日本人の血が騒ぐのかしら(笑)。

娘:私は、鹿狩りの場面かな。大きな雄鹿が、つるにおそいかかってくるところ。傷ついたたけだけしい動物にひとりで向かい合うこわさと、それを救った明成が印象的だった。

母:明成の放った矢が鹿の眉間をつらぬいて、つるは命拾いをする。でも明成はひとこと別れを告げただけでつるの元から去ってしまう……。幼なじみの関係からだんだん恋へと変わっていく心情が描かれていてドキドキするよね。これは大人が読んでもドキドキすると思う。

娘:最後“めでたしめでたし”で終わらないのも、何か心に残る本だったな。

歴史上の人物、小野篁の少年時代を描いた平安ファンタジー

福音館文庫 鬼の橋

平安時代の京の都。妹を亡くし失意の日々を送る少年篁は、ある日妹が落ちた古井戸から冥界の入り口へと迷い込む。そこではすでに死んだはずの征夷大将軍坂上田村麻呂が、いまだあの世への橋を渡れないまま、鬼から都を護っていた。歴史上の人物、小野篁の少年時代を描いた第三回児童文学ファンタジー大賞受賞作、待望の文庫化。

母:『鬼の橋』はどうだった? 妹を亡くして落ち込む少年、篁(たかむら)が、古井戸から「あの世」の入口に迷い込んで、橋の上で鬼につかまる場面はリアルだったなあ。篁が、ふと後ろをふりむいて見上げた馬鬼の大きさ、短い着物からにょっきり飛び出た手足、牛鬼の口からぽたぽた落ちるよだれが夢に出そうだと思った。

娘:それよりも、鬼から篁を助けた坂上田村麻呂のほうが気になった。あの人はあの橋の上で、死んでからも帝に「都を守れ」と言われてずっと番人をしているんでしょう。親しい友人が何人も橋をわたって向こう側に行くのに、坂上田村麻呂は向こう側へ行けない。もちろんこの世に戻ることもできない。死んだのに、橋の上から動けないのがむなしいっていうか……。あの状態って何て言うんだろう。幽霊?

母:人間界に出てこないなら、幽霊とも言えない気がするけど……。成仏できてないってことは言えそうな気がするね。

坂上田村麻呂征夷大将軍って、平安時代に存在した、歴史上の人物なんだよ。もちろんこれはその人を題材にしたおはなしだけど、都の守り神として崇められたのは本当だったんだろうね。

娘:幽霊なのか守護神なのか、とにかく坂上田村麻呂がいたから、篁はこっちの世界へかえってくることができたでしょう。それに、田村麻呂にツノを折られたから、鬼の非天丸がこっちの世界へやって来た。それで、阿子那(あこな)という女の子と出会って、人間になろうとするわけだし……。どの出来事も、田村麻呂がいなければ起こらなかったんだなと思って。

母:人間界で阿子那と出会い、橋の下で一緒に暮らすようになった非天丸が、鬼の本性に苦しんで葛藤するシーンは心に迫るものがあったな。
この世の橋とあの世の橋、2つの橋が舞台になってる。篁は、非天丸がいつか鬼の本性をあらわすんじゃないかと警戒しながらも、だんだん非天丸と阿子那と心を通わせていく。読み終ったあと、すごい物を読んだな……っていう気がした。鬼と人間の間はどこにあるのか考えちゃう。

娘:あとがきに書いてあったけど、百人一首の「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人(あま)の釣り舟」を詠んだ参議篁(さんぎたかむら)が、この本に出てくる小野篁なんだね。この歌、知ってるよ。

母:あっ、本当だ! 小野篁も平安初期に実在した人物なんだね。文才がある、有能な人で、四代の帝に仕えたんだって。小野小町の祖先であるとも言われ、不思議な伝説がたくさん残されているって……。『鬼の橋』の作者、伊藤遊さんは、千年以上も前のことについて書かれた史料や伝承と向き合って、物語を生み出したんだね。千年前のおはなしに生き生きした挿絵を描いた太田大八さんもすごいなあ。この2人のコンビで、同じく平安時代を舞台にした『えんの松原』という本があってそれもおもしろいらしいよ。

娘:へえー、それは読んでみたいな!

「運命のひと」を想うせつなさあふれる物語

福音館文庫 天の鹿

安房直子の代表作のひとつの文庫化。鹿撃ちの名人、清十さんの三人の娘たちはそれぞれ、牡鹿に連れられ、山中のにぎやかな鹿の市へと迷いこむ。三姉妹は市での振舞いを、牡鹿に見定められているようなのだが、姉たちの言動に鹿はくるしげな様子をみせるばかり……。末娘みゆきと牡鹿との、「運命のひと」を想うせつなさあふれる物語。凜と冴えわたった安房直子の文章に、きらびやかなスズキコージの絵が寄り添う。(解説堀江敏幸)

母:『天の鹿』は幻想的なおはなしだよね。安房直子さんの本って、何か読んだことある? うちに『きつねの窓』があるけど。

娘:『きつねの窓』は好きな本だよ。『天の鹿』は前の2冊にくらべると抽象的な感じがするよね。でもすごくきれいだし、素敵なおはなしだと思った。挿絵も好き。

母:スズキコージさんの絵、いいよね。夢の中のにぎわいのような「鹿の市」や、闇夜を駆ける牡鹿、ランプを角にさげて娘を背に乗せる牡鹿……。飾っておきたいくらい好きな絵がいっぱいある。

娘:表紙の緑色のぶどうもきれい。いちばん覚えてるのは最後に出てきた、鹿のかたちの雲が山上にたくさんわきあがっていく絵。このとき牡鹿と一緒に行った末の娘は、死んじゃったということなのかなあ。だって牡鹿は、猟師の清十さんに鉄砲で撃たれた、つまり死んでしまった鹿なんだよね?

母:生死のルールの外にあるような空間があって、そこに入れるのは、牡鹿と命のやりとりをした清十さんと、そのキモを食べたかもしれない3人の娘たちなのかもしれないね…。安房直子さんの文って、読んでいってふと見回すといつのまにか不思議な宇宙空間の中にいる、みたいな気分になる。言葉に魔法がかかってるみたい。

娘:あとね、「鹿の市」のお店の鹿たちが好きだったな。本心から品物を自慢に思って「どう、すばらしいでしょう」って嬉しそうな感じ。おすすめするときの雰囲気が明るい。反物や宝石を選んだら「ほっ、これはお目が高い」「あんたに似合うよ」と言ったり、笑っていちばん大きい梨を選んでくれたり……。

母:「のぼりたての月のような」とびきり大きな梨は、みずみずしくて美味しそうだったねえ。山の芋・栗・大根と、しめじ・松たけ・しいたけが入ったきのこの雑炊も。牡鹿は、ずっと夢に見ていた食べ物を “運命のひと”である末の娘と分け合って、のどの乾きや空腹が癒され、救われたのかもしれないね。

同じ本を読んでも、娘と母がそれぞれ印象に残る場面は違っていて、おしゃべりをしてみると、自分の目にはうつらなかった作品の姿に驚かされます。親の私は、巻き込まれる運命や巡り合わせを切なく感じましたが、一方で、娘の心に残った“たいまつのように”輝くつる姫一家の団らんや、鹿の市の明るさは、とてもあざやかな温度を残したようでした。

おもしろかったのは3冊ともに「栗」が出てきたこと! 『つる姫』で明成の恋心を描く栗、『鬼の橋』で阿子那たちが橋の下で囲む焼き栗、そして『天の鹿』の雑炊の栗。栗は、昔から日本の土地に溶け込んだ食べ物なのだなあと思いました。どれもすごく印象的なシーンなので探してみてくださいね。

ところで、『つる姫』と同じ瀬戸内海を舞台にした大ヒット歴史小説『村上海賊の娘』が何年か前に「本屋大賞」を受賞したんだよ、つる姫の名前もちょっとだけ出てくるみたいと娘に言うと「読むー!」と乗り気でした。実際は、冒頭の歴史地理関係の描写が、娘には長すぎたようで、途中で挫折しましたが、そのうち楽しめたらいいなと思います。みなさんも親子のおしゃべりから広がる読書を楽しんでみてください!

文・構成:大和田佳世(絵本ナビライター)

編集:掛川晶子(絵本ナビ編集部)

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