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未来の今日の一冊 ~今週はどんな1週間?~

【今週の今日の一冊】あらそうのではなく、つながる大切さを。平和への願いを込めた絵本特集。

※このたびの「令和8年熊本地震」により被害を受けられた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。被災地域の皆さまの安全と、一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

8月を迎え、広島や長崎の「原爆の日」や「終戦記念日」など、平和や命について深く思いを巡らせる季節がやってきました。
今週は、今年6月に刊行された絵本『ぼくたちは、あらそうために生きるのか』をはじめ、人と人がつながる大切さや命の尊さを届ける絵本を集めました。
争うためではなく、大昔からヒトが生き延びるために培ってきた温かい繋がり。この世界から争いがなくなり、誰もが安心して暮らせる未来が広がっていくことを切に願いながら、さまざまな本を手に取ってみませんか。

2026年8月3日から8月9日までの絵本「今日の一冊」をご紹介

8月3日 いつかきっと、戦争のない世界へ。

月曜日は『ぼくたちは、あらそうために生きるのか?』

ぼくたちは、あらそうために生きるのか?

ヒトは、700万年前に誕生してから、たがいにわかりあいたいという、その気持ちを深めることで、この世界を生きのびてきた。そんな気持ちをだいじにすれば、きっとぼくらは、もっと平和な世界がつくれるはずだ。世界的な霊長類学者がこどもたちに贈る希望のメッセージ。

8月4日 戦争を「自分ごと」として捉え、考える入り口に…。

火曜日は『いま、日本は戦争をしている ―太平洋戦争のときの子どもたち―』

いま、日本は戦争をしている  ―太平洋戦争のときの子どもたち―

お気にいりのABCのもようのワンピース。でも、戦争がはじまって、ABCは敵の言葉だから、といって、禁止になった。だからって、こんなへんな色にそめちゃうなんてぇ。(太平洋戦争時の静岡にて「わたしの毎日」より)

「とにかく防空壕へ!」お母さんに急かされて家の横の防空壕に、はいろうとした。そのとき、妹が、ちがう方向に走りだしたんだ。「そっちじゃない!」低空飛行の戦闘機がこっちにむかって飛んでくる。「ノブちゃん、あぶない!」(1945年樺太にて「妹と機銃掃射」より)

10歳のおれ、12歳のわたし、7歳のぼく……。太平洋戦争中、子どもたちは、日々、何を感じ、どのように暮らしていたのか。

「いま聞かなければ、無かったことになる戦争体験がある」

そんな思いから2022年にスタートしたというこの企画。子どもの頃、沖縄、広島、長崎、満州、樺太、北海道、東京、岩手、静岡、三重、長野、茨城、山梨の各地で、空襲、原爆、地上戦、引き揚げ、疎開を経験した方々、中国残留邦人の方、総勢17名にインタビューを実施。戦争中に見た光景や経験を、当時の口調そのままに、絵と文章で紹介。生きた声を伝える65編。一つのエピソードが一つの見開きに収まり、総ルビ対応、それぞれのページに注釈も入り、どのエピソードからも読むことができるようになっています。

現地で何度も確認をとりながら完成させていったという場面の数々からは、「何としても証言された方々の記憶の風景を再現させたい」という作者堀川理万子さんの気迫が伝わってきます。と同時に、どんなに理不尽で困難な状況でも生き抜く子どもたちのパワーや、親しみやすさを感じることもできるのです。

あの日あの瞬間に、誰かと交わした会話。目の前に繰り広げられる光景を見ながら感じた気持ち。自分が得意だったこと、苦手だったこと。そこには子どもたちの等身大の心の声が存在しています。

今を生きる私たちが、戦争を「自分ごと」として捉え、考える。その入口として、この一冊が大きな役割を担ってくれるに違いありません。

(磯崎園子  絵本ナビ編集長)

https://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=269993
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https://www.ehonnavi.net/specialcontents/contents.asp?id=3160 日常の記憶から見る戦争『いま、日本は戦争をしている ―太平洋戦争のときの子どもたち―』【NEXTプラチナブック】

『いま、日本は戦争をしている:太平洋戦争のときの子どもたち』は、昨年1年間(2025年)に日本で出版された絵本の中から特に優れた絵本に授与される、「日本絵本賞大賞」を今年(2026年)受賞されました。

8月5日 旗に込められた思いに触れながら一郎くんを探して

水曜日は『一郎くんの写真 日章旗の持ち主をさがして』

一郎くんの写真 日章旗の持ち主をさがして

 

80年前、日本はアメリカと戦争をしました。2014年、アメリカで「一郎君へ」と書かれた日章旗が見つかります。日章旗とは兵隊に行く人のお守り代わりに、周囲の人たちが日の丸の旗に名前を寄せ書きしたもの。戦場に残された旗をアメリカ兵が持ち帰り、遺品として出てくることが多いのです。その日章旗に書かれた59人の名前を手がかりに、「一郎くん」がどんな人だったのかを探るため、新聞記者が静岡の町を走り回ります。

https://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=270033
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読者の声より

この本は、子どもに「戦争に行く人」と「残された人」について考えてもらいたくて読ませていただきました。ただ、その目的以上に、一郎さんのお母様の思いに触れ、同じ母親として私が言葉に詰まってしまいました。読み終わったあと、一郎さんだけでなくお母様にも心の中でそっと手を合わさせていただきました。良い本だと思います。
(さくらっこママさん 40代・ママ 女の子9歳、男の子7歳)

8月6日 原爆を体験した子どもたちの言葉をいまにつなぐ

木曜日は『1945年8月6日 あさ8時15分、わたしは』

1945年8月6日 あさ8時15分、わたしは

1945年8月6日、あさ8時15分。当時の子どもたちが書き残した言葉を、いまを生きるすべての人へ。
日本で初めて戦争をテーマに、青少年の子どもたちに向けてつくられた絵本『わたしがちいさかったときに』(童心社)の刊行から58年。この本に収録された、原爆を体験した子どもたちの言葉をいまにつないでくれるのは、児童文学作家のあまんきみこ、詩人のアーサー・ビナード、当時の執筆者の小川俊子が語る言葉と、いわさきちひろが描いた絵。とどまることのない時間の流れのなかで、時をこえて当時の子どもたちと出会い、わたしたちは今日を、明日をどう生きるのかをともに考える絵本です。

https://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=272673
https://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=272673

読者の声より

著者が、原爆を体験した子どもたち、とあります。
1967年刊『わたしがちいさかったときに』の再構成作品。
子どもたちが綴った作文(体験談)から、
当時の様子が立ち上がります。
何より、家族を亡くした事実が重いです。
淡々と語られる事実こそ、戦争の現実。
アーサー・ビナードさんの文章から、
アメリカ人の視点からの原爆のとらえ方を知り、
彼の今の活動の原点を見る思いでした。
貴重な作品だと思います。
(レイラさん 60代・じいじ・ばあば 女の子3歳、女の子2歳、男の子0歳、女の子0歳)

8月7日 原爆で一度に家族を失った8歳の少女が今90歳に。

金曜日は『生きていてくれて、ありがとう』

生きていてくれて、ありがとう

戦争中だが8歳のスエ子は家族と一緒の毎日が嬉しい日々。だが1945年8月6日。スエ子の町、広島に原爆が落ちた。90歳になるスエ子の証言をこの絵本は語り継ぐ。

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この絵本のお話は、本当に起きたことです。8歳だった少女の記憶。
太平洋戦争の末期。敗戦の色濃い毎日だが、8歳のスエ子は家族と一緒の毎日が嬉しい。しかし、1945年8月6日。スエ子の町、広島に原子爆弾が落とされた。大好きな3人の姉が家の下敷きに。スエ子は一人這い出たが、姉たちのすぐそこまで火が来ている。姉たちの声を聞いたのはそれが最後。仕事に出ていた両親の生死は不明。戦争孤児となったスエ子に、その後も大変な苦労が続いた。「お母さんが、いつか迎えに来る」と思っていた。思い続けた。90歳になる今も、思っている。
スエ子の話をこの絵本は後世に語り継ぐ。

https://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=312837
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8月8日 この地球に暮らす私たちはつながっている

土曜日は『水平線のかなたに 真珠湾とヒロシマ』

水平線のかなたに 真珠湾とヒロシマ

1941年12月7日 日本の戦闘機がハワイの真珠湾(パールハーバー)を攻撃しました。 
1945年8月6日 アメリカの爆撃機が広島に原子爆弾を落としました。

本書は、アメリカ最高峰の児童文学賞・ニューベリー賞を2度受賞した児童文学者ロイス・ローリーが、真珠湾攻撃と広島の原爆、それぞれについて、そこに生きていた「人」に焦点をあててつづった41の短い物語集です。物語が生まれたきっかけには、著者ロイス・ローリーの生い立ちが関係します。

ロイスは、1937年ハワイに生まれました。幼い頃ワイキキの浜辺で遊んでいたときのホームムービーには、真珠湾攻撃で沈んだ戦艦アリゾナの姿がうつっていました。あの日、彼女が笑いながら砂の上で走りまわっていたとき、そのむこうの水平線のかなたでは、死ぬ運命にある若者たちが、ゆっくりと移動していたという事実があったのです。

11歳になった彼女は、アメリカ陸軍の歯科医だった父について1948年から1950年までを戦後の東京で暮らします。そこで、少女のロイスは一人の少年コウイチ・セイイ、後の画家アレン・セイと出会っています。コウイチ少年は、1945年8月6日、当時住んでいた山口で、地面が揺れ、空に異変が起きたことを感じました。ロイスとアレンはその後、1994年にアメリカで再会します。

ロイスとアレン・セイ、戦艦アリゾナで命を失った兵士の兄弟と、広島で三輪車に乗ったまま焼かれたしんちゃん、そして現代へとつづくその家族と記憶。それぞれの人生が交わる意味をもとに、あのとき真珠湾に、広島にいた人々には彼らにしかない物語がありました。真珠湾と広島はたしかに悲惨な戦争を象徴しますが、まず前提として、そこには「人」が生きていたのだという事実を41の短い物語が伝えます。

現在80歳を越えたロイスは、あとがきでこういいます。
「これらのできごとの意味を、長い年月考えていました。そうできなかった人生も含めて。大事なことは、やはりシンプルなことでしょう。この地球に暮らす私たちはつながっていると認識すること。」

日本とアメリカ、国はちがっても人々はつながっています。真珠湾と広島のように取り返しのつかない犠牲があった過去から私たちは学んでいるはずなのに、戦争はまだ起きています。歴史の大きなひとコマではそれぞれの人生が重なり合っている、そうした事実をもとに、平和な未来を築くために私たちはどうすればよいのか、考えさせられる一冊です。

(徳永真紀  絵本編集者)

読者の声より

この本の中にアレン・セイの名前を見つけ、著者自身が終戦後の日本で少年期を過したことを知って、真珠湾攻撃と広島原爆が繋がりました。
真珠湾攻撃で死んだ人、生きのびた人、それぞれに人生があったのです。歴史の流れからではなく、個々人の人となりから歴史を掘り起こすと、戦争は本当に自分と近いところで起こったんだと再認識しました。
真珠湾で始まり広島で終わった戦争だったけれど、ごく普通の人間がそこにいたこと、アメリカ人も日本人も同じ人間だということを、作者自身が身をもって感じ、伝えたいのです。
このアングルから、被害者意識も、加害者意識も感じさせる本でした。
(ヒラP21さん 70代以上・その他の方)

8月9日 被爆したモノで語り伝える長崎の原爆のこと

日曜日は『赤いボタン』

赤いボタン

長崎で3歳のときに入市被爆した竹下芙美さんは、被爆品や遺骨をたくさん収集してきました。小さな頭の骨のそばで赤いボタンが見つかったことも。被爆品から原爆のことを学んでほしい――芙美さんの願いを伝える写真絵本。

  

読者の声より

自ら長崎原爆を体験者の竹下芙美さんが追い続ける、原爆で亡くなった人たちの遺品収集を記録した写真絵本です。
1996年という、被爆から50年も過ぎて、長崎市の爆心公園の改新工事現場から多くの遺品が出てきました。
竹下さんはそれを収集して、広く伝えたいと個人活動されました。
一見平穏に見える地の、地面の下に今もなお原爆遺品が埋もれていることに衝撃を受けました。
竹下さんは、戦争を忘れないために、戦争を伝えるために、沖縄の地も訪れ、戦争を再確認していきます。
80歳を超えて、現在も原爆と平和を語り続けている竹下さんを知ることのできた本であり、平和への思いを強くさせられる本でもあります。
(ヒラP21さん 70代以上・その他の方)

長崎の原爆を伝える取り組みを取材しまとめた写真絵本。こちらも合わせて。

選書・文:秋山 朋恵(絵本ナビ副編集長)

絵本ナビでは、これまでの歴史から、今起こっていることまで、一人一人がしっかり自分の頭で考えていくための入り口となる本の大きな力を信じて、特集ページを組んでいます。

https://www.ehonnavi.net/pages/war-and-peace 戦争と平和の絵本 ー今子どもたちに伝えたい絵本と児童書ー
掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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